14人が本棚に入れています
本棚に追加
黒衣の男
長い間牢に囚われていた男は、黒衣の死神ひとりしかいないことを確認すると、今日が自らの運命の日であることを悟った。
手渡された布で身体を清拭すると、垢がぼろぼろと皮膚から剥がれ落ちる。毎回のことながら、最も耐え難い。クレマンは仮面の下の眉を顰め、清めの儀式が終わるのを待った。
地下牢の衛生状況は、遠い昔から最悪を極めている。ここが空っぽになることなどそうそうありえないため、清掃はほとんど行われない。高等法院の建物の掃除を一手に担う掃除婦も、牢だけは頑なに固辞する。たとえどんなに高い給金を出したとしても、嫌なものは嫌だと言う。
地下に投獄されるのは、平民の男の犯罪人ばかりだ。これが貴族や女の犯罪人を繋いでおく牢であれば、多少はましである。女は不潔を嫌う性質の者が多いし、貴族は最低限の身の周りの補償がされている。定期的に身体を拭き、清掃を行う義務が、管理する側にもある。酸っぱい汗や皮脂の臭いに苦しめられることは、ほとんどない。もっとも、黴の臭いだけは石壁に沁みついており、帰宅してからもしばらくは鼻に深刻な被害を与えるのは、どこの牢であっても同じことであった。
クレマンは男を外に出した。手枷足枷でしっかりと動きを封じたことを確認し、馬車に乗せる。
短い旅路を行く馬車だけは、貴族であろうがなかろうが、平等であった。人を乗せるためというよりも、荷馬車と言った方がふさわしい、粗末なものである。屋根どころか天幕を張ることすら許されない。馬車に揺られ、軽蔑の視線を送られることもまた、刑罰の一環なのだ。
極刑を免れない囚人たちは、毎日、大雨であることを祈る。雨風が強ければ、御者や処刑人も大変だ。大昔、クレマンの先祖の中には、荒天のときでも、王命に逆らえず処刑を決行し、事故に遭って命を落とした者もいた。
クレマンとしても雨を希望するところだが、厚く垂れこめた雲からはしかし、恵みの雨粒が落ちてくることはない。
死出の道中で、人はだいたい、二つに分類される。
過剰に喋るか、だんまりを決め込み、涙を流すか。英雄とされながらも処刑に至った人物など、歴史上ごまんといる。だが、死に瀕しても大人物であったとは、何人もの命を刈り取ってきたクレマンには、到底信じられない。数々の伝承はすべて、作り話に違いない。
最初のコメントを投稿しよう!