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キッチンの小窓からは光が溢れているので、人がいるのは明確だ。
チラシ広告がぎゅうぎゅうに詰め込まれたドアポスト。その脇にある、あまり意味を持たないであろう、インターホンにフレンチネイルの乗った人差し指を乗せる。
ポー…ン、と、柔らかく間延びした音が聞こえる。だけど、全くもって反応はない。
イラッ…………とする気持ちを抑えて、もう一度。
全音符が二分音符へ。二分音符が四分音符へ。
苛立つ心をぶつけるように指を動かし、リズミカルに10回ほど鳴らせばいい加減沸騰し、お構い無しにドアノブを捻れば、ガチャ、と呆気なく開くドア。
「おじゃまします!」
揚々と声を発し、煙草の残り香が漂う室内へ足を踏み入れる。狭いキッチンから六畳足らずのリビングが見るけれど、奴の指定場所である二人がけのソファーにその姿は無かった。
ちら、と、開け放たれた寝室の方を見れば、
「まぁーた来たのかよ………」
嫌そうに吐き出された色気漂う甘い声。ジャージ姿で、パーマヘアーの毛先を軽く遊ばせた男は、いつから居たのか、心底嫌そうな顔であたしを見下ろしていた。
思わずツンと口を尖らせる。
「何よその顔」
「見てわかんねぇの?嫌がってんの」
男はのっそりとした様子で襖の上枠を掴んでいた手を離した。マイペースな仕草で歩けば、ただそれだけで、その男に纏っていた香りがあたしの香りをかき消してしまう。
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