Last Fight 君の犠牲の上での成果なんて、何の意味もない

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私が送ったスタンプに対して、結局何の反応も貰えないまま、私と加藤さんはそのまま会議室に直行した。 返事があったら、それはそれで困っただろうから、まあそれは良しとする。 「とりあえず、まずは情報整理をしよう。資料出して」 「はい」 こういう時の加藤さんは…………正直認めたくはなかったが、やっぱり顔が良い。 かっこいいとは、言いたくない。やはり。 「どうした」 「いえ……」 ついつい見てしまう癖は、いい加減やめなくては……。 私は、長谷部さんから貰った求人票を見て、一気に自分を現実に引き戻すことにした。 「加藤さん。この案件って……本当に決まるものなんですか?」 私は、長谷部さんの前では絶対に言えなかったことを、ようやく聞けた安堵の気持ちと、これから先一体どうすれば良いんだろうという戸惑いの気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。 加藤さんは考え込むかと思えば 「運だね」 即答だった。 「う、運って……そんな適当な……」 「適当だと思うの?」 「え?」 「どの面接もそう。応募者が興味を持つかどうか……求人広告に書かれている文字の有無で決まることがあるでしょう」 「……確かに」 よくあることなのだ。 求人広告の一言が決め手になった、というのも。 そしてその一言は、求人作成者が入れるか入れないか、最後まで悩んだ末のものであるケースも多い。 また、転職者が書く履歴書についてもそうだ。 人によっては蛇足かもと思えること……例えば趣味の話。 ランニングが趣味だと書くことで、余計なことを書いたから切る、と考える採用担当者もいれば、上司の趣味と同じだから話が合いそう……という理由で面接に呼ばれることも十分ある。 もし、どれかが1つでも欠けていれば、たった15分の出会いすら、この世には存在しなかったかもしれない。 つまり、出会っていることがそもそも運がいい……という理屈になる……のかもしれない……。 私の、この会社の面接の時は、加藤さんがすごい嫌味を言ってきた。 いつも思い出すたびに、ムカっとくる衝撃的な出来事。 だけど。 今思うと。 あれがなかったら、私はこの会社にいただろうか……。 もっと上を向いて歩ける人を増やしたい。 その転職理由に、嘘はない。 YAIDAを辞めた理由は、私があの会社で上を向けなくなったからだ。 だけど、その条件だけで言えば……この会社じゃなくても良かった。 年収や福利厚生で考えたら、ここよりも良い会社の面接も、あの時決まっていた。 それを蹴ってでも、この会社に入りたいと思ったのは……。 「どうした。高井さん」 「……いえ……」 この人をぎゃふんと言わせたかった、が最初の動機。 この人に、認められたいと思った、がこの会社に残った動機。 そして今、私は……。 「やるべきことを、やるしかない……ですよね」 「……そうだな」 「求人の情報をわかりやすく整理して、CAが転職者を推薦しやすくしよう。高井さん、今から僕が言う事をちゃんとメモして」 「分かりました……!」 こうして、加藤さんと私は終電ギリギリまで残業をして、どんなに年季が浅いCAでも、該当する人物が見つかったらちゃんと推薦してくれるだろう……という良い求人を作り上げることができた。 この求人が、運を引き寄せますようにと、祈りをこめてCAに預けた。 それから、奇跡が起きたのはちょうど1週間後の終業時間ギリギリ。 運を連れてきてくれたのは、私の同期である、あの人だった。
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