Last Fight 君の犠牲の上での成果なんて、何の意味もない

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悩みがある人は、暇な人。 何故なら、忙しい人は悩んでいる時間などないのだから。 これは、私のYAIDA時代の最後……退職交渉中に当時の上司に言われた言葉。 「この会社にいると、このままの自分でいいのか分からなくなるんです」 きっとこれは、人によっては「くだらない」の一言で済まされてしまう悩み。 けれども、当時の私にとっては、死活問題だと心から信じていた真剣な悩み。 それを暇だから、とバッサリ斬られたことで、YAIDAを辞める決意をますます固めたのだが……今、私はまさにその言葉通り、忙しさに救われている。 あのYAIDAの難関求人が今、大きく動いていることもあり、こなさなければいけないタスクが、1つクリアすれば1つ積まれるという、わんこそばの選手と同じ状態になっていた。 「まさか、あのYAIDAがパツ面で内定出したいって言うなんて思わなかったなぁ……」 私は今、元木さんと2人だけで、YAIDA案件の戦略を会議室で練っていた。 「それ、そんなに奇跡なんですか?」 元木さんの、ごく普通に出てくる疑問に、私は経験者として堂々と回答する。 「YAIDAの入社試験は本来、人事面接、部長面接、役員面接の3回に、性格診断、技術テストがプラスで必要なんです」 パツ面とは、一発面接の略。 つまり、今回の案件はYAIDA側が、面接1回でいいから、元木さんが担当している人間をなるはやで入社させたいという意思表示をしているのだ。 これを長谷部さんから聞いた時は、目玉が飛び出るかと思った程。 「それって、新卒採用だけじゃなくて?」 「例外なく中途も」 「……さすが、世界に名だたる大手企業……」 「そうでもしないと絞りきれないんだよね……」 私も、ジョブルーチン制度によって、人事部にもいたことがある。 だから、分かる。 と言うよりも……あの日の事を思い出すと、今でも吐きそうになる程、鮮明に記憶されている……の方が正しい。 間違いなく。 何が大変かと言うと、まず送られてくる書類をどう捌くか、ということ。 ちょっとでものんびり構えてると、あっという間にシートの波に流される。 整理整頓に始まり、個人情報の管理など、エントリーシートに関わる、様々な事務仕事がこれでもか、と背負わされる。 あの量の中から、自分たちの仲間をピックアップするのだ。 自分たちにとって良いと思える人を選ぶ確率は、きっと商店街の宝くじで1等を当てるよりもずっと低い。 まさに、一か八かの賭け。 その賭けの勝率を少しでも高めるための、複数回&手法の選抜なのだ。 転職者だけじゃない、採用する側にも時間も体力も必要。 それをすっ飛ばしてでも欲しいと思われている人物が、私と元木さんの手札としていることに、神への感謝と、万が一失敗した時に起き得るであろう諸々を考えて……震えた。 その面接というのが、明日。 スキルも経験も十分。 あとは役員の気持ちさえ掴んでくれれば……この賭けは確実に勝てるもの。 勝たなくてはいけない、勝負の前夜が、まさに今。 負けるかもしれない戦いに挑む時よりも、勝てるはずの戦いに負けたらどうしようと考える時の方が、ずっと胃が痛い。 「まあ、私もYAIDA側からすれば途中離脱した組に入るだろうから、賭けに負けたと思われていても不思議じゃないかもな……」 「でも、そのおかげで助かってます。本当にありがとうございます」 自虐的な私の言葉に対し、元木さんが深々と頭を下げてきた。 「そんな!こっちこそ……元木さんが担当じゃ無かったら、正直ここまで丁寧に対応できなかったと思います」 やはり、元木さんは人の話を聞くのがとても上手い。 なので、転職者の意向や、転職者だけでは引き出せない情報を、元木さんが過去磨いてきた接客スキルでどんどん転職者の心を導き、引き出してくれた。 そのおかげで、長谷部さんに提出する推薦書もスムーズに書くことができた。 その結果が、パツ面。 明日さえうまくいけば、すべてがうまくいく。 「元木さん、聞きましたよ」 「え?」 「この案件決めたら、プロポーズするんですよね」 「なっ……!?」 「河西君から聞きましたよ。お二人、随分仲良いみたいで。いつも飲みに行ってるんですって?」 「ははは。そうか……河西君から……。いやはや、本当にすみません」 「何で、私に謝るんです?」 「え、だって河西君と高井さん、お付き合いされてるんじゃないんですか?」 「えええ!?」 何故、元木さんはそう言う勘違いをしたのだろう。 「あれ、違うんですか?」 「違います違います」 「あらーじゃあ河西君の片想いということですか……。こりゃあ、悪いことしたな……」 「どういうことですか?」 「自分が河西君に相談したのもあるんですが……河西君からも、どうやって彼女に告白したのかとか……色々聞かれまして……」 そんな事、河西君から聞いていない。 「それに、自分と話す時に彼が出す事例が、大体高井さんのことだったので、てっきりお二人はそう言う関係なのではないかと……」 「そんなことないない!」 「本当に?」 「はい、ちっとも」 「そうですか。……もしかすると、自分の勘違いかもしれませんしね。すみませんこの件は忘れてください」 「私のことなんかより、元木さん!」 私は、元木さんの手を、がしっと握りしめた。 固く。 「絶対、絶対絶対ぜーったい!この勝負、勝ちましょうね」 この案件を決めることができれば、元木さんと私は、確実に社内の賞レースに食い込める。 MVPを取り、元木さんは彼女とゴールイン。 そして、私は……。 今抱いた考えは、瞬時になかったことにするために、軽く頭を振ってから 「一緒にボーナス増額、狙いましょうね」 と、一般的な喜びにすり替えた。 何が悲しくて……上司……加藤さんからの褒め言葉が欲しいなどと、思ってしまったのか。 そんな虚しいことを考えた自分の存在が、少し虚しかった。
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