第1話 <好きなものがわからない>

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第1話 <好きなものがわからない>

10年前、お姉ちゃんが死んでから私の人生も変わってしまった。 好きなものを好きと言えなくなり、 いつしか本当に好きなものがわからなくなった。 何をしたいのかもわからないまま、今日、高校を卒業する。 「おはよう」 制服でダイニングテーブルの椅子に座ると、 ママがにこやかに半熟の目玉焼きのお皿を置いた。 「美穂も半熟の目玉焼きが好きだったわね」 ママは笑って言った。 「このトロトロがおいしい!」 私は笑顔でそれを食べたが、 本当はドロっとした半熟は好きじゃない。 でも私がこう言えば、ママは笑うんだ。 「いい天気で良かったね」 私が言うと、 「そうね、美穂も今日で二十歳 どこかで元気にやっているのかしら?」 レースのカーテンを少し開いて、遠くを見つめる様に言った。 「うん、きっと元気にやってるよ!」 私は微笑んで答えた。 微笑んでそう答えたけど、心はささくれ立っていた。 今日は私の高校の卒業式なのに、 その話はひとつもしないのね……。 その気持ちを沈める様に、 私は小指にはめたピンキーリングにそっと触れた。 787b68ba-b263-4102-b4b0-938326a71efc *************** *************** *************** 「クラゲ、コンテできた?」 「う、うん」 私はグループリーダーの佐々木さんに 昨日家で書いてきた絵コンテを差し出した。 リーダーはさっと目を通し、 「なるほどね」 と、だけ言って、コンテ用紙を脇に寄せた。 「ルミは?」 私の隣に座っている中尾留美がコンテを出し、 二人はああでもないこうでもないと話し始めた。 いつもそうだ。 私のアイデアはほぼスルー。 少し肩を落として窓の外に目をやった。 あれは二ヶ月前のこと。 「ぜ、全滅……」 私はパソコンの前で絶望した。 受験した大学全て不合格だった。 中学高校と女子校に通っていた私は、 将来特に何がやりたいとか希望もなかったが、 親友の真衣が大学を受験すると言うので、私も受験をした。 だけど、そもそも真衣と私とでは頭の作りと、努力レベルが違う。 受験失敗という現実を突きつけられてやっとそれに気がついたが、 後の祭りだった。 もちろん真衣は第一志望に合格している。 「お前進路はどうするんだ?」 担任が言った。 「浪人か、就職か……専門学校っていう道もあるぞ」 「専門学校……」 浪人も就職も嫌だったけど、 専門学校という選択肢もあるのか……。 「良かったらこれ見るか?」 渡されたのは専門学校の案内ガイドだった。 「何かやりたい事はないのか?」 担任は聞いたが、特にやりたい事はなかった。 「それ持って帰っていいから、いろいろ調べてみろ。 まだ手続き締め切りまでは時間あると思うから」 「はい、ありがとうございます」 私はそのガイド本を家に持ち帰り、 ベッドに寝そべりながらパラパラと中をめくった。 専門学校かぁ……。 情報処理系の学校、料理の学校、 語学系、美容系にイルカの調教師…… 「いろいろあるなぁ……」 うぅ、何を選んでいいのかわからない……。 みんなどうやって自分の「好き」を見つけるのだろう? 私は誰かの「好き」や、 誰かの期待に乗っかることしかできなかった。 「えーい! もうヤケだ!!!!」 私は目をつぶって適当にガイド本を開き、 ぱっと目を開けるとそれは広告クリエイター養成の 専門学校のページだった。 そんないきさつで今、私はここに座っている。 もちろん映像や広告のことなんて これっぽっちも興味ないままここに来た私は、 コンテを出してもスルーされるし、 何か意見を言ってもみんなをぽかんとさせるだけで、 完全に浮いた存在だった。
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