第45話 <今度は私の番>

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第45話 <今度は私の番>

それから私はまだふらついている佑をタクシーに乗せ、 佑の部屋に行った。 ベッドに座る佑に「お水飲む?」と冷蔵庫から ミネラルウォーターのペットボトルを出して手渡した。 「サンキュ」 佑はそれを受け取って、一口水を飲んだ。 「酔いは醒めた?」 「うん、だいぶ」 そう言って佑は頷いた。 「それじゃ、帰るね」 私が部屋を出ようとすると、 「待って! 行かないで!」 と、佑は引き止めた。 「ここにいて」 すがるような目で佑は言ったので、 私はまた部屋の中に歩いて行き、静かに佑の隣に座った。 0336efe4-3d95-44a3-a88b-5fc71f0a0dab 佑は、はぁーーっとひとつため息をついて、静かに話し始めた。 「俺、高みを目指して、 お前を引っ張っていける男になるためにいろいろ頑張った。 頑張って上に上がって、頑張って沢山のものを手に入れて、 いつだってお前を支えてやるつもりだった。 でも今、俺の手元には何もなくなって、お前を支える術も無くなった」 私は黙ってその話を聞き続けた。 「何でも自分一人でできると思ってた。 だけど、何もなくなった時に、改めて気がついた。 空っぽの俺には、お前って言うエネルギーが必要だ。 またお前を支えるために、再び俺が歩き出すために」 しばらくお互い黙ったまま、 時計のカチコチという音だけが部屋に響いた。 その静寂の中、今度は私が口を開いた。 「私、ずっと自分が空っぽだったけど、 やっと自分がどうしたいとか、 どうすれば自分が幸せを感じるのかとか、 自分が自分の足で歩いている感覚がわかってきた。 でもそれは佑のおかげ。 佑が私にいろいろなものをくれたから気がついた事。 佑が私を支える術がないなんて事はない。 あなたはすでに私の恩人、私の救世主」 そう言って佑の目を見て微笑んだ。 「わかったの、いろいろ。 今度は私が返す番。 私が佑の空っぽを満たす。 今ならそれができる」 そう言って私は佑の頭を抱き寄せて髪を撫でた。 佑は私に顔を寄せ、瞼に、頬に、唇に丁寧にキスをした。 それは首筋に流れていき、二人はシーツの海に身を沈めた。 シーツの海は、10代の頃のように ふわふわ綿あめみたいな幸せ感ではないけれど、 もっとこう穏やかな幸福感に満ちていた。 私はこれまでの時間と佑を慈しむように包み込んだ。 いつの間にか眠ってしまったようだが、 気がつくと外は明るくなっていて、 私の隣では佑が静かに寝息を立てていた。 私はゆっくりと体を起こし、佑を見た。 「やだ、お腹出てるし」 私は笑ってめくれていた佑のTシャツを下げようとした時、 脇腹あたりに大きな傷があるのが目に入った。 「え? 何これ?」 これまで明るい場所で佑の体を見た事がなかった。 佑、傷のことなんて何も言ってなかったな。 気になりつつも、私はベッドから出て、 コーヒーを入れようと、キッチンに立った。 「えっと、コーヒーは…」 と、辺りを探していると、 まとまった薬の束を見つけた。 「免疫抑制薬?」 それはモロッコで佑が落とした薬と同じものだった。 頭痛薬じゃなかったの? さっきの傷と言い、 この薬と言い不可解な事態にもやもやしつつも、 コーヒーを見つけた私はドリッパーをセットして 電気ポットのお湯が沸くのを待った。 待っている間、キッチンカウンターの隅に目をやると、 革のパスポートケースが放り出されていた。 「パスポート、 こんな所に放ったらかして失くしたらどうするの?」 やれやれと手に取り、中をめくってみると、 いろいろな国のスタンプが押されていた。 「さすが、あっちこっち行ってるねー」 ページをめくって、最後、 パスポートケースは内側にポケットが付いていたが、 なにやらちらりと可愛らしい感じのものが挟まっているのが見えて、 何気なくそれを取り出し、私は息を飲んだ。 これは…… このフェルトのお守りは、 紛れもない、ママが作った、 あの病室であの子にあげたお守り!!! 私は「はっ!」と、キッチンカウンターからベッドに目を向け、 まだ夢の中の佑の顔を目を凝らして見た。
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