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神社の掃除をしに行くわけ【実和 side】
家の裏にあるとはいえ、その神社へ行くには区画をぐるっと回って、正反対の方の路地から入っていかないといけない。
道から一段上がったところに褪せた朱色の鳥居がある。砂利の上に平らな石があり、短いながらも参道を作っている。
左右と奥には、隣接する住宅の塀が迫っていて、鳥居から見て正面に、小さな拝殿だけがある。
拝殿から振り返って右、鳥居の足下近くに、座れる程度の石があり、実和はそこに座って、眼鏡を外しながら汗を拭いていた。
「あついー。しぬー」
後ろで束ねても毛が落ちてくるボブの髪型が、我ながら恨めしくなる。
「死ぬことはないであろ」
そう言ったのは傍らに立つ着物姿の女性だった。
実和は、涼しい顔をしている狐耳の生えた女性を、下から上へと眺める。
灰みがかった白髪は、腰まであるほどを真っ直ぐに下ろしている。長いまつげに大きな瞳。頭に見える狐耳は、表側は白、裏側は黒っぽい毛が混じっている。
立つ、というのは遠くから見るとそう見えるというだけで、実際は地面から十センチ程浮いている。
「人間は暑さで死ぬこともありますぅ。おきつね様は『神様』だから分かんないと思いますけど」
この女性――おきつね様は、この神社の神なのだという。実和としては『自称・神』だと思っているが、浮いていたり急に姿を消したり、妙な術を使ったりと、彼女の言い分を認めざるを得ないところも感じている。
「暑さは感じておるぞ。うすものを楽しめるしな」
今日のおきつね様は、透け感のある薄紅色の小紋にカジュアルな帯を合わせている。
「別に、他に見えないんですからずっと同じで良くないですか?」
「見えるかどうかの話ではない。嗜みというものじゃ」
くるりとその場で一回転する仕草は、なんとも愛嬌があって、本人の満足感が伺える。
「それよりも其方、人は『すいぶんほきゅう』をしなくてはならぬのではないか?」
持ってきたペットボトルを見ると、先ほど飲んだタイミングで空になってしまっていた。
「まあ、もう終わりですから、帰り際にコンビニ寄って……」
「まだ社の周りがあるではないか」
「いや、あそこらへんはもう草抜きましたって」
「なにを言う。あれほどに砂利が乱れていては、ここの品が疑われるわ」
当然至極、とばかりにおきつね様が示した場所を見ると、雑草を抜きながら歩き回ったままだから、乱れているといえばその通りだ。
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