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だが、実和の残り体力は瀕死の域だ。
「誰も見てませんよ。ていうか私以外誰か来ます?」
はあぁ、とこれみよがしな溜息が実和の耳に運ばれてくる。
「薫は、それは丁寧に箒で掃いてくれていたがのう」
「私、おばあちゃんじゃないんで」
きっぱりと言い放つ。
「いやいや、その薫の使っていた麦わら帽も似合うておるしな。やはり孫じゃな」
企みが透けて見える笑みを浮かべたおきつね様を、実和はじとっと睨みつける。
「使えそうだから借りてきただけです。実際、ちょっときついし」
「首の回りも日除けの布で覆うとは、よう考えてあるの。それであれば、立派な社だと誰もが思う仕上がりにするも、造作もないことだの」
「いや、飲み物もないし、やりませんよ」
「おや、『すいぶんほきゅう』すればできる、ということじゃの」
「やらないし、帰ります」
頑なだのう、と睨みつけるおきつね様の前を通って、抜いた草を入れたゴミ袋や箒などを回収していると、
「おや。めずらしいこともあるの」
おきつね様が声を上げた。
そろそろ面倒になってきて、
「今度はなんですか」
顔も上げずに返すと、おきつね様は意外な名前を出した。
「直子じゃ」
「は?」
思わず実和が振り返ると、狐耳がひょこっと動きながら、片手で鳥居の向こうを示している。
「鳥居の下に、直子が来ておる」
「お母さんが?」
俄に大きな声が出てしまった。
すると、石段の下から靴が滑ったような――軽く転んだような音が聞こえた。
「え、本当ですか?」
信じられない。なぜここに母が来るのだろう。
そんな顔の実和を、おきつね様はねめつけた。
「我が偽りを語ると言いたいのかの?」
「いや、そういうわけじゃなくて……。あ、そうだ、おきつね様、隠れないと」
「前も言うたであろ。直子には見せるようにしておらぬ。其方、なにをうろたえておるのだ」
平然としているおきつね様の態度に、実和も少しずつ落ち着いてきた。
「そういえば、なんでこんなに焦ってるんだろ……?」
そんなやり取りを優にできる時間が経ってから、ようやく鳥居の陰から直子が顔を見せた。
「あ、実和」
紫外線対策であろうとはいえ、顔が覆えそうなほどのつばの広い帽子に、アームカバー、――その割に足下は突っかけ、というちぐはぐな格好の母に、実和の苛々度がぐんと上昇した。
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