娘と話せると嬉しくなっちゃうこと【直子 side】

3/3
前へ
/9ページ
次へ
 中学の塾へ行く前に、コンビニで買ったおにぎりを食べていた話をする。 「あの時ね、たぶん、五目おにぎりとお稲荷さんだったと思うんだ。ほら、三角形でおにぎりみたいになってるお稲荷さん」  実和が、分かる分かると相づちを打つ。  直子は懐かしそうに石に腰掛けた。 「こう、ビニールの上におにぎりを出しておいて、五目おにぎりを先に食べてたらね、ビニールの方からカサッと音がするわけ。それで見たら、なんか小さい生き物がお稲荷さんのフィルムを咥えようと頑張ってるの」 「……なにそれ」  実和が目を見開いている。 「それ見たときに、なんでか私『あ、きつねだ』って思ったんだよね。なんか白いし、大きさも……ハムスターくらいかな? それしかなかったのに」  話しながら、ふふっと笑いがこぼれてきた。  実和は、意外な話だったのか言葉を失っている。 「摘まんでみようとしたんだけど、どうしても触れないの。だから、ああ、お稲荷さん――ここのことね、『お稲荷さんでお稲荷さん食べようとしたからなんだ』って」  自分で言ってておかしくて笑ってしまった。 「え? なに、どういうこと?」  実和は困惑した表情を浮かべている。  それに、笑いを堪えながら、 「だから、稲荷神社でお稲荷さん食べようとしてたから、そのダジャレで無意識に狐を想像してたのよ、私が」 「……は?」 「意外とファンタジー? なところあったのよ。中学の私って。自分でもびっくりだわ」  ころころと笑っていると、実和がなんだか力が抜けたような声を出した。 「へー……、つまりお母さんの妄想だったってこと?」 「そうそう。でもそんな可愛い妄想してたの、おかしくない?」 「ちなみにそれ、ここに来たらいつも見えた?」 「ん? どうかな……。あ、でもお稲荷さん買ってこなかった日は見なかった気がするな。やっぱりダジャレがカギだったのよ」  くすくす笑っていると、そうなんだー、という実和の声が小さく聞こえた。 「あ、いけない」  お稲荷さん、を連呼していたら、まだ参拝していなかったことにようやく気付いた。ポケットの小銭入れから賽銭を出して、拝殿に向かう。  参拝を終えて振り返り、 「まだ帰らないの?」  訊くと、実和はまたちらと上の方に目を遣った。 「あ、うん……もう少しだけ」  そう、と直子は頷く。  実和と話ができて楽しいけど、あまりしつこくするのも嫌われそうだ。 「無理しないでね!」  帽子をしっかり被りなおして、転ばないように用心深く一段しかない石段を下りると、直子の口から鼻歌が零れて空に流れていった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加