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終わりのおまけ【実和 side】
母から渡されて握っていたペットボトルを、ぐっと捻って開けて口に持っていく。ぬるくなった麦茶が喉を通る。干上がった土に染み渡るように、実和の体が水分を吸収していった。
三分の一ほど一気に飲んでからキャップを閉め、拝殿の上に目を向けた。
「人の稲荷寿司を取ろうとしたんですか」
社の上にちょこんと座り、くっきりとした夏空を眺めながら、神様は尾をそよがしている。
「あれはここに来たばかりの頃であったか。神使にもなりたてで、いつも腹を空かしていたの」
「だから人の稲荷寿司を取ろうと」
「供え物もほとんどなくてな」
はっきり認める気がないな、と実和もいい加減分かってきた。はいはい、と頷いて話題を変える。
「でも、お母さんにも見えてたみたいですけど?」
ふわりと風が抜けていったかと思うと、次の瞬間、おきつね様が実和の横に浮遊していた。
「覚えていないが、大きな物を動かそうと力を込めた時に、間違えて顕現の力が出てしまったのかの」
実和はその整った顔を横目に見ながら、神様と言う割に間が抜けていないか? という思いを何度目かに抱いた。
おきつね様は構わずに、懐かしそうに目を細めた。
「しばらく荒れ放題であったがの。ひょいと薫がやってくるようになった。それから薫の知り合いやらその知り合いやらが参りに来て、賑やかになった。おかげで我にも力が与えられ、この姿を取られるようになった」
どういうことかと、実和はおきつね様をまじまじと見た。心得たように神様は頷く。
「神は人に信仰されることで神たり得る、ということじゃ」
つまりおきつね様がこうして神様でいられるのは、おばあちゃんのおかげ……?
考えていると、ふと気になった。
「そういえば私、今までお供え物とか何も持ってきてませんけど。今もお腹空いてるんですか?」
すると、形の良い唇が綺麗な笑みを作った。
「力を得るにつれ、昔のように腹が空くことはなくなったな」
「そうなんですね。なら良かっ」
「しかし人の作る稲荷寿司はたいそう美味いの。甘く、僅かに塩気を含んだ汁が、揚げ自体の豆の風味と絡んでのう。どちらかといえば我は米はなくても良いがの。揚げはやはり力と潤いをもたらす……!」
恍惚の表情で、流れるように、しかし力強く語る横顔に、これは次来る時に持ってこい、ということだな、と実和は諦めを含んだ息を吐いた。
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