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第2部 招かざる客
それは十五年前のある夜のことだった。
広い庭園を擁する大きな屋敷の一室。女性が一人バルコニーで佇んでいる。
貴婦人系のドレスの背中を琥珀色の波のような長い髪が覆い。後頭部に束ね上げた横髪が彼女の整った瓜実の輪郭をさらけ出させ。天を向く長い睫毛の下にはブラウンの瞳が真っ直ぐ上を、満月を捉えていた。
「今日の月はとても強く輝いてるのね。周りの小さな星たちが霞んで見えるわ」
満月に向かって淑やかに語る。まるで言葉自体が清らかさで溢れているようだ。
その時――。
「まるで君の美しさのようだね」
女性の言葉につられて、誰かが語りかけてきた。
「えっ!?」
どこから来たのかわからない声に女性は驚いて辺りを見回す。だが、それらしい姿はおろか影すら見当たらなかった。
不思議そうに首を傾げる女性。幻聴なのか? それにしては、はっきりと聞き取れたような。尤も、声は嫌な感じじゃなかったけれど……。
しかし、こんな夜に人が来るというのもおかしいこと。もしかしたら、人拐(さら)いの類(たぐい)なのかもしれない。
そう思えると胸騒ぎがしてきた。女性は怖さのあまり身震いをする。
「誰……誰かいるのですか?」
女性は震えた声で、どこにいるのかわからない謎の声の主に問いかける。……が、返事は一切無かった。
「……気のせいなのね」
なにもないのね、と安堵した女性が窓を閉めて鍵をかけ、振り向き様に見たものに対して窓に背中をぶつけて驚きを露わにした。
女性の直ぐ目の前に人がいる。見た感じは青年のようだ。服は汚れが目立っている。女性は不思議に思いながらもそこから更に青年の顔に視線をやった。
女性の白い肌と比べると青年のそれは小麦が焼けたような浅黒い色をしている。艶やかな黒いショートヘアーに大人である女性の背丈を優に越える長身を誇っているし、顔立ちを見れば人拐いと呼ぶには似つかわしくないぐらい整っていて王族とか貴族とかと思われてもおかしくはない。
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