あの日、

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 ――スマホがないと本当に何も出来ないな。  雨の降りしきる山道。一定のリズムで振れるワイパー越しに、ハイビームに照らされた濡れる道路と、その奥の木々を見つめ、私はひとりため息をつく。  六月最初の日曜日。十三回忌の法要を終え、数年ぶりに帰った北関東の実家から東京の自宅へ戻るところだった。  高速のインターへ行くまでにこの山道を通るのが常だったはずだが、レンタカーのカーナビは新しく出来たバイパスの方へとしきりに誘導し、今もUターンしろとやかましい。だんだんと自分の記憶に自信がなくなり、地図アプリのナビの方がこうした狭い道も網羅しているだろうと路肩に車を止め、鞄を探ったところで実家にスマートフォンを置いてきてしまったことに気が付いた。  母に持って来てもらおうか、と電話しようとして、それも出来ないのだとすぐに思い至る。  再び大きくため息をついてギアをドライブに入れる。対向車もないためそのまま強引にUターンし、視線を前に戻したところで暗闇にポツンと浮かぶ公衆電話が目に入った。  実家の電話番号なら頭に染みついている。――ここはひとつ、母に甘えて持って来てもらおう。私は再び車を停め、小銭入れを手に電話ボックスへ駆け込んだ。  雨が当たらないだけまし、という程度で、ダイヤルに水滴がつくほどに蒸し暑いボックスの中、ガラスを伝う雨粒を見ながら実家の番号を押す。  呼び出し音が鳴る。恐らく母は文句を言うだろう。もう三十歳にもなるのに、お母さんを頼ってばかりなんだから――。子どもの頃、習い事の帰りにお迎えを頼んだ時を思い出す。本当に、何年ぶりだろうか。  私はニヤニヤしながら受話器から聞こえる音へ意識を戻した。呼び出し音が続き、まさか出かけたか、風呂にでも入ってしまっただろうかと眉を寄せたところで、カチッと小さな音が聞こえ、相手が出た。 「――田所です」  私は息をのんだ。  一瞬、頭の中が燃えたように熱くなり、目の前の景色が消える。そんなはずはない、と乱れる呼吸を鎮めようと両手で受話器を握りなおしたところで、相手が更に問いかける。 「由美か?」 「お父さん……」  思わず声が漏れた。そんなはずはないと、わかっているのに。  電話口の声は確かに父だった。それを、少しだけ残る冷静な頭が、あり得ない、と強い口調で否定する。  今日の法要は、父の十三回忌だったのだから。
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