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いつだったか、通学鞄が失くなった事がある。遠巻きにしつつ僕の両親の悪口を言っていた人の仕業だった。
僕が言わなくてもなんとなく理由に気付いたのだろう父親たちは、なにも言わずに一緒に公園や通学路を探してくれた。
申し訳無さと、悔しさがない交ぜになった時。
「父さんたちは何があってもお前に協力する。力になるし、知恵も絞る。だから難しいことがあったら一緒に解決させてほしい」
そう、初めて聞く声で告げられた。
震えるような、なのにとても力強い声は、ゆっくりと僕の胸に到達する。
ふと、院で慰めとして投げ掛けられていた「仕方ないよ」という言葉が脳裏をよぎった。そしてその言葉を、どうしても受け入れたくないという強い気持ちも。
『僕は普通の子とは違うから仕方ない』
『こういう事をしてくる同級生がいるのも仕方ない』
『本当の親じゃないから、相談できないのも当然だ』
あれだけ嫌だった言葉を、無意識に自分自身に言い聞かせていたことに気が付く。実の親が居ないことを、諦めることへの言い訳に使っている自分がいた。
今の両親はどんな困難にも真剣にぶつかろうとしてくれている。そんな姿を見ていたら、なんだか逃げ腰の自分が恥ずかしくなった。
こんなに真剣に力になってくれる人がいるなら、きっといつだって、自分なりの答えに辿り着けるに決まってるのに。
「父さんたちはね、たくさんの事にぶつかりながら色々乗り越えてきたから。だから、考えることは得意なんだ。何かにぶつかったりしたら、一緒にその先をどう歩いていくか考えよう?」
「……ッ、……うん」
「色々、父さんに言わないでいてくれた事もあるんだろう?ごめん、ありがとうな。でも怒っていいんだ。理不尽には怒っていい。そんな理不尽から守るために、俺たちは居るんだから」
左右から誠実な声がかけられる。
理不尽には、怒っていい。
ああ、僕のなかにはずっと、そういった納得の出来ない気持ちが眠っていたんだと思った。
実感したとたん、それらは堰を切ったように体の奥底から溢れてきて、目から熱い感情が流れる。
なんで僕は過去に独りぼっちだったのか。
なんでようやく手に入れた僕の今の幸せをからかわれなくちゃいけないのか。
なんで僕だけじゃなく両親までも傷付けるようなことを平気で出来る奴がいるのか。
なんで、なんで、なんで?
「っ、ううっ、ぐすっ……ひっく」
これまでの疑問が押し寄せてきて、僕はようやく声を上げて泣いた。
なにも言わず背中を撫でて泣き止むまで待ってくれる温かみを、僕は初めて知ったのだ。
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