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激情に任せて立ち上がれば、その拍子に椅子が倒れて大きな音がし、マイが「きゃっ!」と小さく悲鳴をあげた。
俺はそんな彼女を見て、少しばかり胸がすっとし、勢いづいて大声で続けた。
「毎日毎日記念日記念日って、マジで無理! こんなにも頻繁に記念日があったら、それはもう特別じゃないし記念にもならねぇんだよ!」
「……ひどい」
呆然とした顔でマイがぽろりと一粒、涙をこぼした。
それを見てハッと我に返った俺は、言い過ぎたと後悔したが、ここで優しくしたら元の木阿弥だと心を鬼にする。
「ともかく、今日今この瞬間から俺とマイはもう恋人同士じゃないし、俺は一生お前とよりを戻すつもりはない」
俺は財布から自分の分のコーヒー代と、彼女のパフェ代をテーブルへ出す。
「さよなら」
俺はマイに背を向け、カフェの出口へと歩く。
店の扉を開けたところで、「待って!」と叫ばれたが無視をし、店を一歩出たところから走った。
さようなら、俺の初カノ。
さようなら、ファーストキスを捧げた女よ。
(ごめんな、マイ。次は金持ちで価値観のあう男と出会えるように祈ってる……)
数分軽く走り、カフェからそれなりに離れたオフィス街の入り口に差しかかったあたりで、歩きに変えた。
マイと鉢合わせしないように帰らなきゃなと思案していると、遠くから知った声に名前を叫ばれた。
反射的に声がした方へ顔を向ければ、別れたはずの女がこちらへと全力疾走してくる姿を見てしまった。
距離があるというのに、俺の目はえらくはっきりと必死な形相をした彼女の顔を認識し――途端、言い知れぬ不安に襲われた。
頭で理解するより先に、俺の足は逃走の再スタートを切る。
(知らなかったけど、マイって足速くて持久力もあるんだな?!)
あまり土地勘のないオフィス街を走り抜け、更によく知らないごちゃごちゃした再開発地区へ迷い込み――俺は追い詰められていた。
判断を誤って逃げ込んだ路地は狭く、おんぼろビルに三方を囲まれている。
「別れるの嫌だよぉ……」
走ってバサバサになった長い髪を汗で顔にはりつけたマイが、ゆっくりとせまってくる。
泣き出しそうな口調だが、彼女の大きな目はギラギラと輝き、肉食獣が獲物を狩る時のような獰猛さをたたえている。
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