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どん詰まりの路地から抜け出し、数歩駆けたところで、前方にある物が落ちていることに気がついた。
(テディベア柄のピンク色のスケジュール帳。……マイのだ)
出会った時から彼女は常にそれを持っていて、よく目にしていたから間違いない。
俺は吸い寄せられるようにスケジュール帳の側で立ち止まり、拾い上げた。
俺はバカだった。
深く考えずにページを開き、ひと目見て後悔した。
「うわぁ……」
今はまだ四月だというのに、スケジュール帳は既に最後のページまで、一日の空白もなく書き込まれていた。
何らかの『記念日』の予定が、三百六十五日びっしりと毎日、隙間なく。
ぶわっと鳥肌を立てた俺の耳に、マイの声が聞こえた気がした。
慌てて周囲を見回し、まだ彼女の姿がないことを確認した後、俺はスケジュール帳を持ったまま駆けだした。
あの女から逃げきるには、このスケジュール帳の抹殺が必要だと思ったからだ。
全力で走って走って走って、少し歩いて休んで、また全力で走って走って――を繰り返し、比較的大きな川にかかる橋が見えたところで、俺はようやく足にストップをかけた。
(もういいか?)
先ほどの路地からはかなり距離をとることができたと判断し、とりあえずは危機を脱せられただろうと安堵する。
ふと見上げれば、カフェにいた時はオレンジ一色だった空が、今はオレンジが二で藍が八の割合になっていた。
俺は額ににじむ汗をシャツの袖でぬぐいながら橋の上を歩き、真ん中で立ち止まる。
そして周囲に目撃者がいないことを確認してから、スケジュール帳を川へ向かって思い切りぶん投げた。
(海まで流れて、藻屑になれっ!)
手のひらサイズのそれは、ほぼ音もなく水面へと落ち、流れに逆らうことなく川下へと流れて行く。
他人の物を許可なく投げ捨てたのに、罪悪感がないどころか、やってやったぜ! という達成感と爽快感で心の中がいっぱいになった。
それから完全に太陽が沈むまでそこにいたのだが――俺はまた判断を誤った。
「もぉ! 探したよ〜!」
背後から突然何者かに抱きつかれ、言われた。
俺を拘束してきた腕は、見たことがある上着を着ており、知っている右手と左手だった。
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