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ーケンカ編ー
僕は妹とケンカをしたことがなかった。
いつでも妹の意見を受け入れてきたつもりだ。
周りからは「優しいお兄ちゃんね」と幾度となく褒められてきた。
けれども今日それを覆してしまった。
僕は雅晴。小学4年生の夏休み、小学1年生の妹、小百合と毎日のように遊んでいた。
僕らは日中、基本は虫取りをしている。家を出て、長い階段をてくてく登ると、大きくて立派なクヌギの木がある。何歳くらいなんだろうか、根っこがむき出しになったところからも樹液が出ていて、カブトムシやクワガタムシ、セミも集まってくるんだ。1番虫たちが集まるメインの樹液は少し高いところにあって、虫取り網だけでは届かない。だから、僕が毎回木に足を引っ掛けて、少し登って、腕を目一杯伸ばして虫取り網を巧みに振るう。その腕といったら、そんじゃそこらの虫取り少年とはわけが違うだろう。無鉄砲に虫取り網をぶんぶん振るのではない。獲物をじっと見つめて、獲物が油断した隙を狙って一気に攻める。これは経験した数と技術がものを言う。小百合は背が僕よりもうんと低いから、どれだけ腕を伸ばしてもメインの樹液までは届かない。だから、毎回僕が獲る係だ。そして、小百合は少し離れたところから見て指示する係だ。メインの樹液より獲物が上にある場合、僕もバランスを保つのに精一杯になる。そこで、小百合が
「もう少し右!もう少し上!」
と指示することで上手く獲物を捕まえられる。これにはチームワークがカギとなってくる。
この日は、虫取りにおいて大決戦だった。まずクヌギの木に着いて、今日の獲物のチェックをすると
「うわぁ、お兄ちゃん、あれ、オオスズメバチだよね?!」
小百合がクヌギの木を見上げて、嫌そうな顔をしながら言った。
「そうだなぁ、これは気をつけないと危ないな。」
僕もちょっとビビりながら言った。変に刺激して襲ってきたらひとたまりもない。
「おっ、オオスズメバチのだいぶ下の方に…あれ、カブトムシじゃないか!!しかも結構立派だぞ!」
僕らの1番好きな虫はカブトムシだ。丸いフォルムに力持ちで、とにかくカッコいい!!僕は少し興奮した。家を出てこんな短時間で大物に出会えるとは!
早速僕は木に足を引っ掛けて、狙いを定めた。カブトムシは樹液をなめるのに必死で全く僕の気配に気づいていない。オオスズメバチにも注意をしながら
「えいっ!!」
一気に虫取り網を振りかざすと、ポテッとカブトムシは網の中に転がり込んだ。
「やったぁ!」
僕らは虫かごの中に入ったカブトムシを眺めながら小躍りをした。
「幸先いいなぁ!」
僕は汗を拭いながら言った。
その後、根っこがむき出しになったところの樹液を舐めていたコクワガタムシのなんと、オスとメスのペアをゲットして僕らは完全に有頂天だった。
家に帰る前に、小百合が
「草むらで遊んでから帰りたい!」
と言って聞かなかったので、少し遊んで帰ることにした。虫かごは草むらから少し離れた地面に置いておくことにした。小百合は草むらに入ってバッタやちょうちょを追いかけてはしゃいでいた。僕は1人近くのブランコに乗ってゆらゆらしていた。ブランコに乗りながら空を見上げるとすごく気持ちが良かった。むしむしする地面からの熱を、爽やかな風がさわさわと持っていってくれた。
ガチャン!!
大きな音に僕は慌てて見上げていた顔を戻した。小百合がこけている。虫かごに引っかかってこけたようだ。
「大丈夫か、小百合!」
僕が小百合に駆け寄った瞬間、僕は見てしまった。ふたが開いて、空っぽになった虫かごを…。小百合が虫かごに引っかかった拍子に、虫かごのふたが開き、中にいた虫たちが飛んでいってしまったのだろう…。この時ばかりは僕のイライラが込み上げてきた。
「あんなに頑張って捕まえたのに…。小百合が遊びたいなんて言い出さなければ…。大物だったのに…。」
僕は声を少し低くして
「怪我はないか?」
と小百合に言った。
「…ない。」
小百合も僕のイライラに気づいたようでそれ以上は何も言わなかった。
その後、僕らは無言のまま空っぽの虫かごを抱えて家に帰った。
家に帰ると、母が
「あら?今日は収穫なしだったの?」
と聞いてきた。僕は説明するのもイライラしたので、
「うん。」
と少し不機嫌そうに返事をしておいた。僕の後ろにいた小百合はバツが悪そうな顔をして、子供部屋に駆け込んだ。子供部屋に戻った僕は
「小百合、ごめんなさいも言えないのか?!」
と怒り気味に言った。
「だって、転んだのは事故だったんだよ。仕方ないもん。」
小百合がそう言った瞬間、僕の怒りは沸点に達した。それからの言い争いは凄まじかった。でも、小百合はなんだかんだで口が強い。言い訳を手榴弾のように投げられて、僕は避けきれなかった。なんだか、結局僕が悪いみたいじゃないか!被害者は僕の方なのに…!
夕食の時まで僕らは口を一切聞かなかった。
「夕食はホッケよ!ちゃんと骨を取り除いて食べてね。骨がのどに引っかかると大変なことになるからね。」
母はそう言って僕らの前に焼きたてのホッケを出した。
「いやぁ、僕骨取るの凄く苦手なんだけど…?」
もしかして母がやってくれないかなぁという願いも込めて言ってみたが、
「小百合にもできるんだから、雅晴もできるわよ。」
と言い返されてしまった。すると、そのやりとりを見ていた小百合が、
「私がお兄ちゃんの、取ってあげる!」
と僕の前にあるホッケの骨をあっという間に取ってくれた。
「お兄ちゃんには借りがあるからね!」
どこでそんな言葉覚えたんだよっと思いつつ、僕は小百合がちょっと可愛く見えた。なんだかんだで憎めないやつだ。
「まぁ、そうだな。これでプラマイゼロだ。」
僕は少し照れながら、でも悟られないように言った。そんな僕らのやりとりを母は呆れて見ていたに違いない。
ケンカするほど仲が良いというのは本当かもしれない。たまには思いっきりケンカして、言いたいことを全て吐き出して、そして思いっきり仲直りするのも良いのかもしれない。
そんなことを思いながら僕は、食べやすくなったホッケを思いっきり頬張った。
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