ー星空編ー

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ー星空編ー

「兄ちゃん、綺麗な星いっぱい見えるね」  僕の妹の小百合は満面の笑みを浮かべて満天の星空を見上げていた。今日は晴天で空気も澄んでいるから本当に星がよく見える。夏の虫が少し涼しくなった夜風にのって耳に入ってきた。  僕は雅晴。小学4年生の夏休み、小学1年生の妹、小百合と毎日一緒に虫取りしたり木登りしたりと遊びを満喫していた。そんな僕らが最近密かにハマっているのが星の観察だ。夜ご飯を食べた後、家の近くの小高い丘に登って夜空を見上げる。小高い丘は視界が開けていて僕らの上に満天の星が降り注ぐ。この丘はいつも貸し切り状態で誰も通らない。僕らはこの丘を「天然プラネタ丘」と名付けた。小百合が「天然のプラネタリウムみたい!」と言ったのが由来だ。僕らが住んでいるところは田舎で、夜になると空が墨をたらしたみたいに黒くなるから星が一層綺麗に見えるんだ。 「兄ちゃん、おばあちゃんって何座だっけ?」  不意に小百合が尋ねてきた。 「みずがめ座だったと思うけどなんで?」 「みずがめ座どこにあるの?」 「みずがめ座は9月から11月に観れて、今は8月 だから観えないよ」 「そっかぁ、残念…」  ガッカリした小百合の顔に 「そんなみずがめ座の星が観たかったのか?」  と問いかけると 「おばあちゃんの星座の星見つけたらおばあちゃんに会える気がしたの」  と言った。  僕らの大好きなおばあちゃんは丁度1年前くらいに亡くなったばかりだった。がんだった。手が器用なおばあちゃんはいつも僕らに優しく絵の描き方やレース編みを教えてくれた。亡くなる少し前におばあちゃんからもらった星座の絵は今も大切な宝物だ。  偶然にも僕も小百合と同じくおばあちゃんのことを考えていたところだった。満天の星を観ていると妙に大切な人達の顔が浮かんでくるのは僕だけじゃなかったみたいだ。 「じゃあさ、僕らでおばあちゃんの星を決めちゃ えばいいんじゃない?お気に入りの星を一つ見つけようよ!」  僕にしてはなかなかの名案だった。小百合も目を輝かせておばあちゃんの星を見つけると意気込んだ。そっから僕らは真剣におばあちゃんの星探しに没頭した。  しばらくして、僕は後ろの茂みがゴソゴソ動いていることに気がついた。星に集中しすぎて気付いていなかったが、確かに動いている。 「小百合、後ろに何かいるみたいだぞ」  僕は小百合の肩をツンツンして言った。 「もしかして兄ちゃん怖いの?」  小百合は僕のこわばった顔を見てくすくす笑いながら茂みの方へ向かって行った。 「おい、待てよ小百合!」  僕は慌てて小百合を追いかけた。 「そこにいるのはだあれ?」  小百合が茂みの方へ声をかけるとゴソゴソっと出てきたのはなんと柴犬の子犬ではないか。くりくりした澄んだ瞳で僕らを不思議そうな瞳で見上げている。 「かっわいいー!」  小百合は子犬を抱き上げた。 「驚かすなよちびすけ!」  僕は子犬をキッと睨んだ。 「兄ちゃんがビビってただけでしょ」  小百合の冷たい目線を感じたが、怖いものは怖いから仕方ないじゃないか!心の中でぽそっと呟いた。 「そうだ、このちびすけにも星探し手伝ってもらおう!」 「いいね!」  またしても僕の名案で天然プラネタ丘には今夜3つの影が並ぶことになった。 「トシ、寒くない?」  小百合が子犬を見ながら言った。 「え?トシ?こいつの名前か?」  僕はなんてネーミングセンスなんだと思いながら小百合に尋ねた。 「そうだよ!この子はトシって名前にしたの」  小百合が「トシ」と名前を連呼しながら子犬を撫でた。 「じゃあトシ。お前はどこから来たんだ?」  僕は小百合に撫でられて目を細めて気持ちよさそうにしているトシに声をかけた。 「お父さんとお母さんと一緒じゃないのかな?」  小百合がぽつんと呟いた。 「おそらくな。首輪もついてないから野良犬の可能性が高いな」  今度は無邪気に草で遊んでいるトシを見ながら僕は言った。 「じゃあトシのお守りの星も見つけてあげようよ!」  小百合はまた目を輝かせて言った。  そこから再び星探しに没頭した。正直満天の星の中からおばあちゃんの星、トシのお守りの星は選び放題だが、一つ一つ星の大きさや輝き方は違う。 「トシ、あの少し小さめだけど強烈な光放ってる星見えるか?」  トシはつぶらな瞳で僕をじっと見ていた。 「あれがトシのお守りの星?」 「そうそう、なかなかいいだろ?」  僕は得意げに言った。 「いいね!じゃあトシ、あの星覚えてなきゃダメよ!あれはトシのお守りの星だから、悲しい時や嬉しい時、あの星に報告するのよ!」  小百合も満足してくれたみたいだ。トシはワン!と鳴いて返事をしたようだった。  しばらくしてまたもトシがワンワン!と鳴いた。 トシの澄んだ瞳が一つの星をまっすぐ捉えていた。 「兄ちゃん、トシが見つけた星、あれおばあちゃ んの星にしない?」  小百合が指差す先には柔らかな光を放つ小さな星があった。こうして僕らのおばあちゃんの星が決定した。早速僕らはおばあちゃんの星に挨拶することにした。 「おばあちゃん久しぶり!!元気だった?今日新しい友達ができたんだ!この子だよ、トシっていうんだ!」  トシがそれに反応するようにクーンと鳴いた。 「おばあちゃん会いたかったよ!私ねこの間絵のコンクールで優勝したんだよ!おばあちゃんに教えてもらったおかげだと思うの」  小百合は得意げにコンクールで優勝した絵を掲げていた。僕らはひとしきり近況報告をおばあちゃんの星に語りかけた。すると妙に寂しかった心が落ち着き、安心感で満たされた。まるでおばあちゃんがそばで僕らの話を嬉しそうな顔をして聞いてくれているように…。そのあとトシのお守りの星にも報告した。 「こんばんは、今日トシのお友達になった雅晴と小百合です!これからよろしくお願いします」  トシもなにやらクンクン鳴いていたが、何を伝えていたかは分からなかった。たぶん挨拶をしていたんだろうと思うけど。  この夜、僕らは満天の星に包まれる温かさを感じたような気がした。それはハグをした時のような温かさじゃなくて心からの「ありがとう」を言われた時みたいな体の芯がポッとなるような温かさだ。 「小百合、夏休みが終わるまで毎日おばあちゃんの星に会いにこよう!」  僕は星を見過ぎて首を痛そうにしている小百合に言った。 「いい案だね!次はレジャーシート持ってこようよ。寝そべりながら観たらもっといい話がおばあちゃんにできる気がするの」  小百合は首をさすりながら言った。 「さぁ、そろそろ帰るか!」  僕は小百合に言ったが 「トシはどうするの?」  と不安そうな声が返ってきた。 「とりあえず今日は簡易的なベッドで寝てもらおうか。連れて帰ってやりたいけどお母さんがなんていうか分かんないからな。ほら、お母さん動物嫌いなの知ってるだろ?」 「うん…」  小さな声で小百合が答えた。 「その代わり豪華な犬小屋を夏休みの間で作ってあげよう!雨が降っても平気な小屋をね」  僕は今夜は名案が何個浮かぶのだろうと思いながら小百合に言った。 「なんか楽しそうだね!」  小百合もワクワクしているようだった。 「ちゃんと犬小屋にトシって表札つけてあげようね」 「分かった、分かった。とりあえず今日はトシとお休みなさいするよ」  僕はトシにくっついている小百合を催促した。草で作った簡易的な小屋にトシをおいて僕らはやっとベッドについた。今夜の天然プラネタ丘で色んなことがありすぎて興奮がなかなか収まらなかった。それは小百合も同じだったらしい。二段ベットの下から小百合が 「星観るのってこんなに楽しくてワクワクするものなんだね」  と言った。 「そうだよな、毎日行っても飽きないだろうな。天然プラネタ丘は毎日違った顔を見せてくれるからな」  僕も共感した。 「夏休みが終わったらみずがめ座も探してくれる?」  小百合はやっぱりおばあちゃんの星座に会いたいみたいだ。小百合はおばあちゃんからもらった星座の絵を眺めていた。 「私のふたご座と兄ちゃんのさそり座はこの絵でどんな形かとか分かるけどみずがめ座は見たことないし気になるの」  付け加えて小百合は絵を見ながら言った。 「そうだな、見つけてみようみずがめ座」  僕もおばあちゃんから貰った星座の絵を見て言った。 「絶対だよ」  小百合が小指を出したから僕も小指を出して指きり約束をした。 「トシもな!」  と心の中で呟きながら。  夜空にいるおばあちゃんの星が一瞬、瞬いた気がした。
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