ーバトル編ー

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ーバトル編ー

 夏の夜は毎日が妹とバトルだ。そこには決して負けることのできない勝負がある。  僕は雅晴。小学4年生の夏休み、小学1年生の妹、小百合と毎日遊んでいた。日中遊んでいる時は仲がいいのだけれど、夜になるとそれが一変する。というのも、僕らが遊んでいる子供部屋から寝る部屋まではかなり距離がある。廊下があり、その横には洗面台とお風呂場がどどんとある。そして、台所を通って寝る部屋に辿り着くことができる。いつもなら子供部屋で2人で寝るのだけれど、夏はクーラー代を節約するために、家族揃って大部屋で寝るのだ。つまり、寝る時には子供部屋から出る最後の者が電気を消して、真っ暗な廊下を通って台所を抜けて布団までたどり着かなくてはならない。読者の皆様は、だからどうしたと思っているかもしれないが、これが僕にとってかなりの難関である。  僕と小百合は昔からかなりの臆病だ。どちらかというと僕の方が臆病かもしれない。小百合はきっと強がっているだけだと僕は信じているが。怖いものは怖いのだから仕方ない。たまにテレビのCMでホラー映画の予告が出てきてしまった時は、もう最悪だ。僕はゴキブリが出てきた時並みに叫ぶ。 「うわぁぁぁー!!!」   と叫んだらいつも 「これくらいで何ビビってるの?」  と隣で呆れた顔をした小百合が言う。いや、お前だって絶対びっくりしてるだろ!と僕は心の中で呟く。1人の留守番だって僕にはかなりきつい。急に台所のフキンが落ちたり、洗い物かごの中の茶碗とかが、がしゃんとバランスを崩しただけでも僕は縮み上がってしまう。今はあまりないけど、昔小さかった頃は1人の留守番の時、机の下にずっと隠れていたこともあった。今思えば、地震の時の避難訓練かよっと思うのだが。昔に比べたら僕も少しは恐怖に耐久できるようになったかもしれないが、この夜の電気消しほど恐ろしいものはない。母はいつだって 「だから何が怖いのよ!」  と僕に向かって言うのだが、怖いものに理由なんてない。しかし、この電気消しというミッションは必ず僕か妹が成し遂げなければならないものなのだ。  夜9時45分頃。いつも学校がある日は9時に寝なければいけないけれど、こういう長期休みの時は10時まで起きていてOKという両親との約束だ。そろそろ寝る時間が近づいてくると僕らもそわそわし始める。この時に僕らは決して 「今日どっちが電気消しする?」  という相談をしない。答えは、どっちも電気消しをしたくないという分かりきった答えだからだ。これは、一か八かの大勝負なのだ。これには成り行きとタイミングが非常に重要になる。主には、おもちゃの片付けが早く終わった方が有利になる。この日はぬいぐるみで遊んでいたため、ぬいぐるみをかごに戻すという作業だ。パパパッと戻して、 「小百合、あとは頼んだ!!」  僕は隙をみて、一気に大部屋へ駆け出した。 「ちょっと、お兄ちゃん!!」  小百合の声があとから追いかけてくる。これは完全に敗者の声だ。僕はにんまりした。ここのところ僕の連勝だからだ。大部屋に入ると僕は 「はぁー、涼しい!快適、快適!」  と達成感に浸った。あとからドタバタという足音と共に小百合が駆け込んできた。 「小百合、そんなに家でドタバタしないの!」  母に注意されて余計に小百合は顔を歪ませた。 「明日は絶対勝つから!」  小百合は頬を膨らませながら言った。 「ほう、それは楽しみだな。」  僕も負けずに言い返した。そんな僕らを見て母が呆れていたのは言うまでもない。  そんなある日、いつものように僕は勝者となって廊下を走り、台所を抜けようとした時、後ろでドンッと大きな音が聞こえた。小百合がこけたのだろうか、 「いたっ!!」  という声だけが聞こえた。僕は究極の選択を迫られた。助けに暗闇の中を戻るか、それともこのまま大部屋へ駆け込むか…。 「小百合がこけることなんて日常茶飯事じゃないか、別にいいだろ助けなんて。自力でなんとかするさ。」  という心の声と、 「兄として妹を助けるべきだろ!自分の良心を信じて動け!」  という心の声が聞こえた。一瞬のことだった。僕は初めて暗闇の中に飛び込んでいった。案の定、小百合は廊下で転んで、膝を擦りむいていた。小百合はすすり泣きながら、 「お兄ちゃん!!」  と言ってしがみついてきた。その時僕は、暗闇の中に光を見た気がした。大袈裟かもしれないけれど。それに、別のことに集中していたからか暫く暗闇の中にいるということも忘れていた。とにかく小百合を大部屋まで連れて行き、小百合は母に絆創膏を貼ってもらった。そのあと僕が母から褒められたのは言うまでもない。  その日から暗闇が克服できたのかというとそうでもない。相変わらず電気消しは怖い。あの時は、あの時の事情があったから乗り越えられただけだ。ただ、少しだけ暗闇の中を勝ち抜く術がわかった気がする。かといって、小百合に負けようなんていう気はさらさらない。いつでも手加減なしだ。  今日も僕は小百合と終わることのないバトルをしている。  
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