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ー協力編ー
母をできるだけ怒らせないようにする
これが僕らの夏休みの目標だ。
僕らの母はなんたって怒れば、最高に怖い。それは家族みんな一致で思っていることだ。母が怒れば家の中の空気は死んだように静まり返る。まるで家の中をゴジラが荒らしていった後みたいに。それくらいの威力はある。そしてなかなか機嫌は直らない。一度怒られたら長期戦になることを覚悟しておかなければならない。なにより僕が恐れているのは「巻き添え」をくらうことだ。妹だけが怒られていても、飛び火が飛んでくる。「あんたもついでに」みたいなもんだ。だから、僕ひとりが怒られなくとも、妹が怒られたら意味がないのだ。
僕は雅晴。小学4年生の夏休み、小学1年生の妹、小百合とその目標を夏休み前から密かにたてていたのであった。
「小百合、お前ほんとに気をつけろよ。最近ちょこちょこやらかしてるだろ?」
僕は念を押して小百合に言った。
「お兄ちゃんだって、電気つけっぱなしとか、玄関で靴揃えてないとか、ご飯ぼろぼろ溢したとか、細かいことで怒られてるじゃん。その積み重ねが大爆発に繋がるんだからね!」
小百合は僕をキッと睨んで言った。
「人の怒りを火山みたいに言うなよ。ここでケンカしてる場合じゃないんだ。とりあえず1つ1つの行動には気をつけるように。どっちかが出来てなかったらすぐに相手に報告すること。いいな?」
「その前にお母さんがいつも気づくじゃん。」
小百合は頬を膨らませながら言う。
確かにそうだ。僕らがどれだけ神経を使って気をつけていても、母はドーベルマン並みの匂いを嗅ぐ力でも持ち合わせているのか、すぐにボロに気づかれてしまう。
「そうだ!!」
僕は名案を思いついた。
「なになに?」
「家の手伝いを率先してやるってのはどうだ。手伝いをすることによってお母さんの機嫌がアップするだろ?だから、そこで怒られたとしても、貯金があるってわけだ。長期戦にならず、その場で収まる可能性が高くなる。どうだ、名案だろ?」
僕は、にやっと笑って言った。
「なるほど!それなら簡単にできるかも!」
小百合もこれには大賛成のようだ。
「ただし、あんまり明らかになんでもやるって言ったらお母さんも怪しむだろ?何か企みがあるんじゃないかと。だから、タイミングだけは気をつけろよ。」
僕は腕を組みながら言った。
「分かった。」
小百合も納得した様子で言った。
こうして僕らの秘密の作戦会議は終わった。
果たして、上手くいくのだろうか?
夏休みに入ると、僕は小学校の部活やらプールやらで、忙しい合間を縫って手伝いをできるチャンスを伺った。
「はぁ、まだ洗濯物も入れてないわ。」
ある夕方、母がぽつりと言ったのを僕は聞き漏らさなかった。
「僕が洗濯物入れるよ。」
「僕が洗濯物入れるの手伝うよ。」
「僕が洗濯物入れようか?」
僕はどれが1番効果的な言い方か迷った。でも、咄嗟に出たのは
「僕が洗濯物入れるよ。」
だった。母は嬉しそうに、
「そう?じゃあ、お願いするわ。」
と言った。
これはポイントゲット!結構いいのでは?と自分の中で自分を褒めた。
次の日、朝食を家族で囲んで食べていると、
「そうそう、昨日小百合が、お母さんの知らない間にトイレ掃除してくれてたのよね!お母さんびっくりしたわ!ありがとね、小百合!」
と嬉しそうに母が言った。
な、なに?!僕の体に電流が走った。
そんな手があったとは…。僕には全く思いつかなかった。
横で小百合はチラッと僕を見て、得意げに満面の笑みを浮かべていた。
僕は少しイラッとした。干支で例えるなら、僕が丑で、小百合が子だろう。小百合は大体頭脳派だ。僕はいつものんびりしていて、言われたことしか出来ないようなやつだ。固定観念の塊かもしれない。
だが、そんな弱気なことは言ってられない。
夏休みの間、僕はかなりの手伝いの数をこなした。皿洗いやら、掃除機かけや、布団たたみやら、苦手なことも中にはあったけれど頑張った。小百合も同じように頑張っていたが、皿洗いをやったはいいものの、洗い残しをしていて母に注意されていた。しょげる小百合を横目に見て、僕は少しいい気味だと思った。
僕らの秘密の作戦通り、母は夏休み中、大激怒することはなかった。
夏休み最後の日、僕らは子供部屋で祝杯をあげた。
「いやぁ、我ながらよく頑張ったよ!」
僕は達成感に満ちていた。
「私も頑張ったよ!お母さんに何回も褒められた。」
小百合もにこやかに言った。
「ということで、秘密の作戦大成功!!」
僕らが子供部屋で小躍りしていると、ガラッと扉が開いて、母がやってきた。
「あんた達、夏休みの間手伝い頑張ってくれたから…これ、お小遣いよ。」
母は僕らにお小遣いをくれた。
僕らは最高の気分だった。
「わーい!!」
僕らは再び小躍りして喜んだ。
「これからも手伝いよろしくね。」
母はにこやかにそう言うと、扉を出る間際にこう言った。
「秘密の作戦、大成功してよかったわね。」
僕らはその瞬間、子供部屋ごと凍りついた。
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