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ー夏祭り編ー
赤提灯がゆらゆら揺れて、夏祭りの賑やかな雰囲気を一層醸し出す。至る所で浴衣を着た女の人、りんご飴の甘い匂い、太鼓の音頭が聞こえる。そんな中で僕らは「あいつ」と出会った。
僕は雅晴。小学4年生の夏休み、小学1年生の妹、小百合と母と3人で近所の公園でやっている夏祭りへやってきた。
「お母さん、フランクフルト食べたい!」
小百合は目を輝かせて言った。
「あんたさっきからりんご飴食べて、かき氷食べて、焼きそばも食べて、お腹壊しても知らないわよ。」
母は呆れながら小百合の手を握って、フランクフルトの屋台へ向かおうとした。その時、
「あっ!!!」
小百合が叫んだ。
「どうしたの?!」
母も僕もびっくりして小百合を見た。
「これ、なぁに?うわぁ、カメさんだ!」
小百合ははしゃぎながら言った。見るとカメすくいの屋台だった。
「脅かさないでよ、ただのカメじゃない。でも屋台で出てるなんて珍しいわね。やりたいの?」
母は、物凄くやりたそうな顔をしている小百合を見て言った。
「うん!!!」
「じゃあ僕も。」
僕も便乗して言った。
僕のポイはすぐに破れてしまった。カメは重くてまず金魚すくいのようにはいかなかった。こんなのインキチじゃないかと僕は思ってしまった。こんなの獲れる人いるのかよと思いながら横を見ると、小百合がじっとカメを見て固まっていた。出たよ、小百合はこういう時だけ慎重になる。見ていて焦ったくなるんだ。
「小百合、見つめてるだけじゃカメは獲れないぞ。」
「どの子がいいか選んでるの。」
小百合はカメたちを見ながら言った。焦ったいのは母も同じようだったようで、
「小百合、こうやってやるのよ!」
と、急にぐいっと小百合の手ごと掴んで、カメをすくおうとしたが、一瞬にしてポイは破れてしまった…。あっけなく散る花の如く…。母はこういう時、勢いでいってしまう人なのだ。良いようにも悪いようにも。ためが長かった分、凄くあっけなかった。
僕はあちゃーと思いながら小百合を見ると、案の定、小百合は半泣きだった。母はごめんごめんと謝ってもう一度小百合に新しいポイを渡した。小百合はその後粘って、カメを1匹だけ獲ることに成功した。僕に言わせれば、そこポイの和紙の部分じゃなくて、枠で獲ってるだろと突っ込みたくなったが。とりあえず小百合はお目当ての子が獲れて、大満足だった。
「かわいいー!なんて名前にしようかな?」
小百合は悩みながら言った。小百合のネーミングセンスが酷いことを僕は知っている。だからさして期待しないことにした。
「ボスって名前にする!大きいし、強そうだから!」
ほらな、やっぱり。どこぞのヤクザの長かよ。
その後、僕らが歩いていると、輪投げがふと目に入った。景品には…僕の好きな銀色のヒーローのお面がかかっているではないか!これはやりたい!
でもここでストレートにやりたいと言えないのが僕なのだ。とりあえず小百合に小声で相談する。
「なぁ、小百合。あそこにかかってるお面、かっこよくないか?あの銀色のヒーローだぞ!」
「お兄ちゃん輪投げやりたいの?」
「えっ、うん、まぁ。」
「お母さん、輪投げやりたい!」
小百合は母の服を引っ張って言った。
「輪投げ?なにかいい景品でもあるの?」
「うん、銀色のヒーローのお面!」
「それは小百合じゃなくて、雅晴が好きなやつじゃないの?」
「うん、そう。僕の好きなやつ。」
僕はへへっと笑って言った。
「やりたいならやりたいって言いなさいよ。小百合を使うんじゃないわよ。」
母は呆れたように言った。
小百合を使ったわけではないが、やりたいことに変わりはない。僕はとことん迷うタイプなのだ。そういったことでは慎重なのかもしれない。まぁ、いつも小百合が両親にすぐ言うため、僕の心の声はバレバレになってしまうのだが。
そんなわけで、僕は輪投げができ、見事お面もゲットできた。
こうして僕らは楽しい夏祭りを終えた。
後日、小百合が洗面台でボスの水槽の水換えをしていた。僕はたまたまその横を通りかかったのだがとんでもない臭いに驚いた。
「くさっ!!小百合この臭いなんなんだ!」
「なにって…ボスの臭いだけど?失礼ね、カメなんてみんなこんなもんじゃないの?」
小百合は涼しい顔をしてそう言った。
そうなのか?僕は平然としている小百合を少し尊敬した。僕にはとてもじゃないけどできないだろう。
僕はそのまま台所に行っておやつを取ろうとした。最近ハマっているのが煮干しだ。そのまま食べれて体にもいい。一石二鳥なおやつを僕は気に入っている。たが、
「あれ?おかしいな。見当たらない…。犯人は小百合しかいないな。」
僕は犯人を問い詰めるように小百合に言った。
「小百合、人がせっかく楽しみにしてた煮干しを勝手に食べるなよ!」
小百合はきょとんとしていたが、
「あっ、それボスが全部食べたの。」
と思い出したように言った。
「なに?!カメが食べるのか!!」
予想外の返しに僕は少しうろたえてしまった。
「カメじゃなくてボスね。」
小百合は念を押してそう言った。
「あいつ」が来てから、僕の調子はすっかり狂ってしまった。1人で留守番している時、急にあいつがバタバタ動いて、その音に僕は思わず叫んでしまった。たださえ1人という状況が怖いのに脅かすなよ!
あいつはいつもベランダに置いてある水槽の中にいるのだが、通るたびに物欲しげな顔をしてこちらを見つめてくる。やめろ、そんな顔をして見られたらエサをあげたくなるだろ!結局エサをやろうとして水槽の蓋を開けると、強烈な臭いがぷんぷんして僕は鼻をつまみながらエサをやる羽目になる。
最初はあいつのことそんなに好きではなかったけれど、日を追うごとに少し可愛さが増してきたように思う。まだ臭いには慣れないけれど…。日光浴をしている姿を見るだけで癒される。あくびをするともっと可愛い。僕は1人の留守番中、あいつ…いや、ボスの世話をするようになり、結果1人の留守番も怖さを少し克服できたように思う。今ではボスは立派な家族の一員だ。
今日もボスのあくびを見て、僕もあくびをするのだった。あれ?ペットは飼い主に似るっていうけど逆なのかも?
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