ー苦手克服編ー

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ー苦手克服編ー

 継続的にコツコツ頑張る。  これは僕の妹が苦手とすることだ。  僕は雅晴。小学4年生の夏休み、小学1年生の妹、小百合の苦手を克服してやろうと密かに計画を企てていた。 「小百合、もうちょっと集中できないのか?」  僕は夏休みの宿題を始めて10分で集中力の途切れた小百合に言った。 「お兄ちゃん知ってる?人間の集中力って10分が限度なんだよ?」  小百合は勉強机に頬杖をつきながら、呑気な顔でそう言った。 「それよりさ、早くぬいぐるみ遊びしようよ!」  無邪気な顔をして言う小百合に僕は思わずため息が出てしまった。 「小百合、8月に入ったら毎日朝6時からラジオ体操が小学校であるの知ってるよな?もちろん行くだろ?」 「あー、なんとなく聞いてたけど。朝6時って早くない?起きれないよ。」 「起きれる起きれないの問題じゃない。小百合は、なんでもすぐ三日坊主で終わるだろ?それを克服するのに丁度いい機会だ。なんとしても皆勤賞取らせるからな。」 「えー、無理だって。お兄ちゃん1人で行ってよ。」 「無理無理言うな。今回ばかりは優しいお兄ちゃんじゃなくて鬼のお兄ちゃんになるからな!」  僕はそう言ってにやりと笑った。  小百合はまだ不満そうに口をとんがらせていた。  ラジオ体操初日の朝。  リリリリ…  朝5時に目覚ましが鳴った。僕はすっと起きると隣で寝ている小百合を揺すった。 「…えっ、もう朝…。」  小百合は嫌そうな顔をしながらもなんとか起きて着替え始めた。  2人で家を出ると、昼間とは打って変わって爽やかな風が通り抜けていった。あんなにガヤガヤ鳴いていたセミも今は静かにしている。 「なんか静かで誰もいなくて面白いね!」  すっかり目が覚めた小百合はにこやかに言った。 「朝1番は気持ちいいし、いいこと尽くめだぞ!」  僕は新鮮な美味しい空気を胸いっぱいに吸い込んで言った。  学校の校庭には、もう何人か人が集まっていた。ラジオ体操をして終わる頃にはもうすっかり朝日は登っていた。僕らはラジオ体操が終わると、列に並んでラジオ体操カードをもらい、今日の日付のところにスタンプを押してもらった。このスタンプが全部集まったら、なにかプレゼントが貰えるらしい。 「やっぱり皆勤賞狙うしかないな。」  僕は少し嫌そうな顔をしている小百合にそう言った。  3日目の朝。  いつものように目覚ましが鳴って、小百合を揺すってもちっとも動かなかった。 「おい、三日坊主妹!!早く起きろ!」  僕は小百合の布団をはがしてそう言った。  小百合は明らかに行きたくなさそうな顔をしていたが、僕は無理矢理引っ張っていった。 「プレゼント欲しいだろ?」  僕はラジオ体操に向かう途中、寝ぼけた顔をしている小百合に言った。 「…うん。」  小百合は小さく返事をした。  なんやかんやありながら、僕らはなんとか1週間のラジオ体操を全てクリアした。小百合が自発的に起きてきたのは一度もなかったが、後半らへんはスムーズに準備ができるようになっていた。全ては僕の努力のおかげかもしれない。僕は少し達成感に満ちていた。  最終日のラジオ体操のあと、小百合とプレゼントはなにかとわくわくしながら列に並んだ。 「はい、よく頑張りましたね!どうぞ。」  僕らは係の人に渡されたものを見て愕然とした。 「…ゴーヤ??」 「そうですよ、学校のグリーンカーテンとして育てていたゴーヤが実ったので、みんなに食べてもらおうと思って。美味しく食べてね。」  係の人はにっこり笑って言ったが、僕らは同時に肩を落としてしまった。 「僕1番嫌いな食べ物ゴーヤなんだけど。」 「…私も。」  僕らは2人顔を見合わせて、苦笑いした。  ラジオ体操からの帰り道、ゴーヤをぶんぶん振りながら小百合は言った。 「でも、なんか達成感あるね!初めてこんなに続けられたよ。起こすときは鬼のお兄ちゃんだったけどやっぱり優しいお兄ちゃんだね!」 「全ては僕のおかげだろ?」 「全てではないけど、とりあえずありがとう!」  小百合はにっこり笑って言った。 「これから宿題とか、日記かくとか、ちゃんと続けられるか?」 「うん、苦手だけど頑張ってみる。大変かもしれないけど、最後はすごくいい気分になれるから。」 「続けられてないの見つけたら、いつでも鬼のお兄ちゃんになってやるからな!」  僕はそう言って、小百合からゴーヤを奪うと、2本のゴーヤを頭に突き立てて、鬼に扮して小百合を追いかけまわした。 「ギャーー!!」  小百合の楽しげな叫び声が、朝の緑の中に、こだました。 「ただいま!」 「おかえり!」  家に帰ると、母がにこやかに出迎えてくれた。 「あら、それゴーヤじゃない?もらったの?」 「うん、皆勤賞にって。僕苦手なんだけどね。」 「それじゃあ、今日の昼ごはんはゴーヤチャンプルに決まりね。」 「えー!!」  僕と小百合は声をあげて反抗した。 「えー、じゃないわよ!ゴーヤって体にすごくいいんだから。それに、誰が料理すると思ってるの?このお母さんがゴーヤを美味しく変身させるわ。」  母は、ふふっと笑って言った。  お昼。僕らの前には、熱々のゴーヤチャンプルが並べられた。僕も小百合も学校の給食でゴーヤチャンプルは経験済みだ。苦くて、後味が悪い。母の鋭い視線が痛すぎて、僕らは 「へへへ。…美味しそうだなぁ。」  と愛想笑いを浮かべながら、ゴーヤチャンプルをはしで摘む。  ぱくっ  食べた瞬間、僕らは思わず声をあげた。 「おいしーい!!」 「あれ?こんなに美味しかったっけ?なんか給食で食べた味と違う。」  驚いた僕に母は 「当たり前でしょ。お母さんは味付けのプロなんだから。」  と自慢げな顔をしていた。  その日の夜。小百合は勉強机に向かって何やら書き物をしていた。 「小百合何書いてるんだ?」 「日記だよ。今日あったことを書いてるんだ!ラジオ体操のことと、ゴーヤチャンプルのこと。」 「おぉ、早速やってるな。偉い偉い!もし続けられてないの見つけたら…。」  僕は、鉛筆を2本頭に突き立ててにやりとして見せた。 「ギャーー!!」  言う前に、小百合は叫び声をあげていた。 「静かにしなさい!」  部屋の向こうから鋭い母の声が飛んできた。瞬間僕らはピタッと止まった。そのあと、すぐにくすくす笑って顔を見合わせた。  僕も大人しく日記を書くことにした。文章が苦手な僕だけど、日記は頑張って毎日書いている。  今日僕はゴーヤチャンプルを、小百合は苦手なことを克服しました。  僕はさらさらっと書くと、小百合といつものようにぬいぐるみ遊びを始めた。  今日は少し、少しだけ成長できた気がした。
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