ー恋心編ー

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ー恋心編ー

「あー、疲れたぁー。」  夏休みのある日、僕らは家に帰って畳の上に転がった。暑さと疲れからだ。 「ちょっと、帰ってきたら手くらい洗いなさい。」  母は呆れた顔をして僕らを見た。  僕は雅晴。小学4年生の夏休み、小学1年生の妹、小百合とともに僕の恋人と遊んだ日だった。 「知子ちゃんと遊んでどうだった?」  夕食の時、母がさらっと聞いてきた。  知子というのは一応僕の恋人だ。少なくても向こうはそう思っている。今年のバレンタインの時にチョコを貰ってから、たまに遊ぶ仲だ。バレンタインのチョコを貰えたことに関しては素直に嬉しい。だが、知子は僕と正反対の性格なために、僕はかなり疲れる。夏休みに入る前までは、小学校でずっと一緒だった。クラスは違うのだが、休み時間になるとやってくる。 「雅晴くん、遊ぼ!」 「雅晴くん、中庭でデートしようよ!」 「雅晴くん、こっちに来て!」  僕をぐいぐい引っ張っては好き放題連れ回す。僕も嫌とは言えず、一応ついていくのだが、なかなかしんどい。だから、夏休みに入った時は少し安心した。会う機会も少なくなるからだ。 「うん、まぁ楽しかったよ。」  僕は味噌汁をぐびっと飲んで答えた。 「嘘だぁ、お兄ちゃん帰り際疲れたーってヘロヘロだったじゃん!」 「余計なこと言うな、小百合。」 「あっ、でもジャングルジムで遊んでる時ね、知子ちゃんがお兄ちゃんに好きって言ってたよ!」  どうして小百合はこう、なんでもかんでも言ってしまうのだろうか。これじゃプライバシーもくそもない。 「そうなの?」  母はびっくりした様子で言った。 「でも、知子ちゃん結構気が強い方だから、雅晴も振り回されてそうだけど。」  誠にその通りです。腕も引っ張られすぎて伸びたんじゃないかと思うくらいです。  僕は心の中でそう呟いた。  後日、僕は小百合と父と夜のドライブに出かけることになった。父は大抵計画をたてずに出かける人だから、特に行き先も決めずに車を走らせた。 「どこいくの?」  小百合は興味津々に聞いた。 「うーん、どうしようかなぁ。」  父は少し考えてから、 「そうだ!!」  と言い、車を走らせた。 「ルンルンルン…」  不意に小百合が口ずさみ始めた。なんの歌だろうとしばらく聞いていたが、聞き覚えがなかったので 「小百合、それなんの歌??」  と聞くと、 「自分で作った歌!!」  と嬉しそうに言った。  なんじゃそりゃ!必死になんの歌か考えていた自分が少し恥ずかしくなった。  しばらくして着いたのは、海だった。昼間と違ってがらんとしていて、静かだった。空を見上げれば、満点の星空が見える。小百合は車の中で歌を歌いすぎて疲れたようで、ぐっすり眠っていた。 「寝かせておこう。」  父はそう言って車のカギをかけ、僕は父と2人で浜辺に腰掛けた。  ザザーー  黒い海は、耳に心地よい音を届けてくれる。この音をずっと聞いていたら、いくらでも眠れそうだと思った。 「知子ちゃんのこと、どう思う?」  ふいに父が尋ねてきた。 「えっ、どうって…。」  突然の質問に僕は戸惑った。 「遊んでいて楽しいと思うか?」  今度は少し質問を変えて尋ねてきた。 「いや、楽しいというより疲れるという方が正解かなぁ。」 「やっぱりな。知子ちゃんと雅晴は性格が全然違うから…。お父さんは、性格が合わない子と無理して遊ぶ必要はないと思うぞ。」 「うん、でも、チョコもくれたし、いつも休み時間遊びに誘ってくれるし…断るのは悪いよ。」  僕は砂浜を見つめながら答えた。 「雅晴、男なら嫌なことは嫌と、はっきり言わなきゃダメだぞ。嫌々遊んでいても、それは優しさとはいわない。お前がきちんと区別をつけるべきだ。」 「嫌なことは嫌…。うん、分かった!勇気がいるけど、頑張って言ってみるよ!」 「うん、それがいい!知子ちゃんにとっても雅晴にとっても。」  父は僕の頭をくしゃくしゃっと撫でた。 「お父さん、もしかしてこの話をするためにドライブ誘ってくれたの?」  僕はふと思って父に言った。 「いや、そういうわけじゃないが、たまには父子水入らずで喋るときも必要だと思ってな。」  父は、にこっと笑って言った。僕は少し父が格好良く見えた。いつも穏やかでマイペースな父が、男らしいと思った。 「ちなみにどういう人がタイプなんだ?」  ここぞとばかりに父は質問してくる。 「うーんとね、優しくて大人しくて落ち着いてて賢くて上品な雰囲気の女の子かな?」  僕がさらりと答えると父はちょっと引いたような顔をしていた。 「…ずいぶん完璧な女の子像を描いてるんだな。」  父は苦笑いしながら言った。 「でも、お母さんの家系の人も代々完璧を求めてきた人ばかりだから、血は争えんな!」  少しでも僕をフォローしようとしてくれたのだろうか、父はそう言ってまた、にこっと笑った。 「お父さんはお母さんとどうやって出会ったの?」  今度は僕が父に聞いてみる。 「おっ、そんな質問をされる時が来るとはな。少しばかり話は長くなるが、覚悟はいいか?」  父は嬉しそうに、満面の笑みを浮かべながら話してくれた。  初めて父とこんな大人な会話をして、僕は少し大人になった気分だった。夏休み夜の、ちょっぴり大人な時間だ。こういう夜も悪くないなと僕は、変わらぬ波の音を聞きながら思った。  帰りの車の中で、すっかり元気になった小百合は 「お父さんとなんの話してたの??」  としつこく聞いてきた。僕はにやっと笑いながら言った。 「大人な会話さ。」  僕らを乗せた車は、星降る道を家に向かってまっすぐ走っていった。
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