ー青い海編ー

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ー青い海編ー

 爽やかな潮風の香り  僕は大きく息を吸い込んだ。夏の香りだ。海の香りだ。懐かしさと嬉しさが込み上げてくる。  僕は雅晴。小学4年生の夏休み、小学1年生の妹、小百合と父と母と家族4人で海にやってきた。  この海へは毎年家族で来ていて、ここへ来ると今年も夏がやってきた、という気になる。浜辺のあちこちでテントが立ててあり、バーベキューの匂いが立ち込める。アロハシャツのお兄さんや、海の家の人たちを見るとなぜかホッとする。海の家の子供の女の子は少し背が伸びていた。毎年見るから、成長ぶりもよく分かる。 「いぇーい!海だ!海だ!」  はしゃぐ小百合を抑えて、母は小百合に日焼け止めクリームを塗りたくっていた。 「お母さんたちは日陰にいてるから、2人で遊んでらっしゃい。雅晴、小百合を頼んだわよ。」 「うん、任せて!」  僕は小百合の手を引いて海へ向かった。 「浮き輪は私が使うから、お兄ちゃんは浮き輪の紐を持って泳いで!ちゃんと引っ張ってよ!」  小百合は細かい注文を僕に押し付けてくる。 「分かったよ。」  僕はやれやれと思いながらも泳いだ。  海水は多くの人の体温と、太陽の光で生温くなっていた。僕はゴーグルをつけながら泳いでいたのだが、ふと視界に綺麗な魚が目に入った。 「小百合、綺麗な魚がいるぞ!」 「え、ほんと?見たい、見たい!」  小百合もゴーグルをつけて海の中に顔を突っ込む。 「うわぁ、綺麗だね!」  ぷはっと言いながら海から顔をあげた小百合は言った。 「よし、綺麗な魚を追いかけるぞ!」  僕らは綺麗な魚をマークしてどんどん泳いでいった。知らぬうちに僕らはかなり深いところまで進んでしまっていた。  ふと僕は足がつかないことに気がついた。  まずい…!僕は立ち泳ぎしながら、 「小百合、ちょっと深いところまで来すぎたな。浜の方に戻ろうか。」  とあくまで焦りは表に出さずに言った。 「うん、そうだね。」  小百合がそう言った時、僕は浮き輪の横でふわふわ浮いている透明の物体が視界に入った。  くらげだ!  焦っているうえにくらげまで、ダブルパンチをくらった僕は冷静ではいられなくなった。 「小百合逃げろ!くらげだ!」 「ぎゃーーーー!!」  僕らは後ろも見ず、ひたすら足を力の限りバタバタさせた。  ようやく浅瀬にたどり着いた僕らはゼーゼー言っていた。 「ちょっと…深いところまで…行きすぎた…な。」  僕はやっとそう言った。 「あれ…くらげ…だよね?」  小百合は怯えながら言った。  小百合が言った瞬間、僕らは2人して両親のもとへ逃げるようにして走り出した。  気持ちよさそうに昼寝をしている父を揺り起こして僕はハァハァ言いながら 「海の中にくらげがいたよ!!」  と言った。 「そりゃ海の中なんだから、くらげくらいいるだろうよ。」  父は眠たい顔をしながらそう言った。 「もう怖くて2人で行けないよ。お父さんも一緒に来て!」 「えっ、せっかく昼寝してたのに…。仕方ないなあ。」 「やったぁ!じゃあ、僕も浮き輪するから2人の紐引っ張ってくれる??」 「おぉ、そうするか。」  今度は僕も浮き輪をして、ぷかぷかできることになった。  僕も小百合も手足を出して、海の上で太陽の光を体全体で浴びていた。真っ青な空が目の前に広がって、たくさんの海水客の笑い声が少し遠くに聞こえる。潮の香りはやっぱり心地いい。そう思った時、体がふわっと揺れた。波だ。ここは比較的波が穏やかな海水浴場なのだが、少し波が出てきたようだ。 「なんか波が出てきたなぁ。」  父がぽつりと呟いた。 「いいんじゃない?スリルあって楽しいよ!」  小百合は嬉しそうに言った。  その後波はどんどん強くなっていって、僕らはすこしサーファーの気分になった。 「ほら、私波に乗ってるよ!」 「僕も!いぇーい!」  と僕が調子に乗った瞬間、目の前に今までで1番大きな波がやってきた。 「うわぁーーーー!!!」  僕らは浮き輪ごと一回転した。僕は一瞬、自分で終わったんじゃないかと思ってしまった。穴という穴に海水が入り込んで、 「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ、うえっ!」  僕は父に体を起こされて咳き込んだ。小百合も横で咳き込んでいる。 「大丈夫か?!凄い波だったな。」  父は心配したように僕らを見た。 「うん、大丈夫。」  小百合も僕も顔を見合わせて言った。 「戻ろうか。」  日陰のレジャーシートの上で母お手製の梅昆布おにぎりを頬張りながら、まだなんとなく海水が耳に入ったままの僕は耳をトントンしながら、 「午前中だけでこのハプニング続きは危ないな。」  と小百合に言った。 「ハプニングでも楽しかったじゃん。」 「一回転したのが楽しかったのか?僕はほんとに終わったと思ったぞ。」 「冒険にスリルは必要です。」  訳の分からないことを言いながら、小百合はおにぎりを3つも食べていた。  午後からはハプニングを回避すべく、僕らは磯の方で遊ぶことにした。磯には潮溜まりがいくつもあって、その中に魚達がたくさんいた。 「小百合、ここにも魚いるぞ!」 「お兄ちゃんこっちも!これ綺麗…!」  小百合が言った時、僕はふと足にヌメっとしたものが触れたと感じた。もしや、またくらげか!と驚いて見てみるとまさかの… 「うぎゃあー!タコがいる!」  僕は思いっきり叫んでしまった。 「小百合、逃げるぞ!」  僕は小百合の手を掴んで急いで両親のもとへ戻った。 「ちょっとぉ、怖がりすぎじゃない?そんなに怖がってたらどこも遊べないじゃん!」  小百合は頬を膨らませて言った。 「僕が怖がりなのは今に始まったことじゃないだろ?小百合、砂遊びしようぜ!」 「もぉー、魚とりしたいのに…。」  膨れっ面の小百合だったが、砂遊びを始めると楽しそうだった。 「砂のお城の完成だぁ!」  僕らは出来上がったお城の周りを小躍りした。  やっぱり砂遊びが1番安全で楽しい!!  僕はそう思いながら、オレンジ色に染まった空を見上げた。 「お兄ちゃん!!」  不意に小百合に呼ばれて僕はびっくりした。 「なんだよ、小百合。」 「ここにお魚さんがいるよ!」  小百合は、僕らが作ったお城のふもとのくぼみの、海水が溜まったところに取り残されていた魚を指さした。 「あれ?こんなところに…フグの赤ちゃんかな?」 「きっと浅瀬を泳いでて、大きな波の時に、ここまで滑り込んできちゃったんだね。」 「早く出してあげないとな。」 「そうだね!でも、どうやって?」 「そのまま掴むしかないだろ?」 「えっ、噛まれたりしない?」 「大丈夫だよ。赤ちゃんだし。」 「でもフグには毒があるって聞いたよ。」 「それは食べたらの話だろ?触るだけなら問題ないさ。」 「ふぅん。」  小百合は、ちょっと納得したように言った。 「じゃ、小百合よろしくな。」  魚を触るのが苦手な僕は小百合に任せることにした。 「なんなのそれ?!」  小百合はぶつぶつ言いながらも、フグの赤ちゃんを優しく掴んで海に返してあげた。 「いやぁ、今日は色々あったけど、砂遊びが1番安全で楽しいな!」  僕らはすっかり日が暮れて、輝きだした星を見ながら言った。父と母もアウトドア用のイスに腰かけて見上げている。 「海は生きてるっていうけど、こういうことなんだろうな。海にも色々表情があるし。」  父はぽつりと言う。 「よっしゃ!じゃあ、温泉にでも入って帰るか!きっと日焼けでお湯が染みるぞぉ!念入りに洗ってやるよ。」  父はにやりとして言った。  僕らはゲゲゲっという顔をして、車の中に急いだ。  満点の星空が降る中、僕らは楽しかった1日を思い出しながら、温泉へと向かった。    
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