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3.
彼を実家に呼ぶのは気が進まなかった。母一人子一人で暮した家は都下の古いアパート。彼のような人が足を踏み入れるところではない。
けれども、それを聞いた彼は、「なおさら行ってみたい」と、意気揚々としていた。
だが、いざその日を迎えると、道中彼は次第に口数少なくなった。表情も読み取れない。新幹線を乗り継いだ長い道のりで、疲れてしまったのだろう。
ただでさえ、地方から足を運ばなければならないのだから、せめて、都心のどこかに場所を設ければ良かったと、私はずっと後悔していた。
これでも都内かと思うほど、寂しい田舎の細道。黒光りする大きなハイヤーに、すれ違う人が一人、物珍し気に振り向く。
私の胸はざわめき、もう、これ以上進みたくないと思っていたが、懐かしい小さなアパートがぽつんと見えてきてしまった。
もう遅い。アパートの前で車が止まる。私はいまさら、とても恥ずかしくなった。
車から降りると、彼はぐるりと辺りを見回した。私に一瞥もくれず、スタスタと歩きながら言う。
「どの部屋?」
「……101よ」
彼の声色は、まるで別人のようにとても冷たかった。
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