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母に電話をかけた。数年ぶりに聞く母の声はやはり覇気がない。私に言いたいことが山ほどあるだろうが、すべて聞いていたら肝心の結婚の報告なんて、いつになってもできやしない。
「私、結婚するの」
私はいきなり切り出した。
当然、頭ごなしに反対された。もう、ずいぶん電話もかけていないのに、そのことへの不満はどこかへ行ってしまうほど、衝撃的だったみたいだ。
どうしても結婚は反対だ、と私を捲くし立てる金切り声も以前ほど煩わしくない。母のその気迫、もしかしすると本当に私自身を心配する真剣さそのものなのかもしれない。そう思うと沸き上がる後悔で胸が熱くなる。
けれどもすぐには変われない。いくら彼の言うことであっても。
私の中ではまだ半信半疑だが早く電話を終わらせたくて、彼の身近にも同じ体質の人がいることを話すと母は一変した。
静かになった電話口。母の嗚咽だけがしばらく続いた。
「信用できる人なのね?」
「うん。私を守ってくれるって。彼のご身内はもう、他界してらっしゃるそうだけど、生涯誰にも知られることなく、一族で秘密を守りとおしたらしいの。私のことも一生大切にしてくれるって」
「……そう、それなら……よかったわね。お会いするのが楽しみだわ」
母は心から喜んでくれた。
そして、『そんな人には出会えない。大切にするのよ』、と言ってくれた。
私は胸がいっぱいになった。それでもずっと言おうと思っていた『ごめんなさい』の一言が言えなかった。電話を切ったあとも母の言葉が、ぬくもりが残っている。
母を信じたい。母の声を聞いただけでぞわぞわする感覚はあるけど、それもきっと薄れていく。そうしたら、ずっと思い描いていたように、母を抱きしめることができるはず――。
もっと早く母と向き合っていればよかった。
自分の身体を傷つける勇気もなく、確かめもせず頭ごなしに否定していたのは私の方だ。
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