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「ご、ごめんなさい真夜ちゃん!」
あちゃあ、と彼女はカーテンレールの上を探っていた手を引っ込めて言う。
「絵の具箱!そうだ、金曜日にうっかり」
「うっかり?」
「お腹がすいて、お母さんが食べちゃったのよ!」
その言葉に。あたしはまじまじと母の顔を見つめて、一言。
「ええ……お母さん、またぁ?」
がっくりと肩を落とす。母がうっかりあたしの持ち物や家の小道具を食べてしまうのは珍しいことでもなんでもない。とっても食いしん坊なお母さんなので、時には家に来たお客さんや友達まで食べてしまうこともある。
――もう、散々探したあとで思い出すなんて!これはあたし悪くないー!
ぷんすこ!と怒るあたしに、お母さんは長い手をむいーんと伸ばして来てあたしの頭を撫でながら“ごめんね!”と謝る。
「急いでお母さんが文房具店に行って買って来るわ!本当にごめんね、あんまりにもカラフルで美味しそうだったものだから!」
「もー、絵の具はオヤツじゃないのにー」
「ごめんごめん!ついね、つい!」
お母さんはエプロン姿のまま、自分の部屋へ引っ込んでいった。財布を取りに行ったのだろう。まったくもう、とあたしは呆れてしまう。やっぱり、あたしのおっちょこちょいでボケた性格は親譲りに違いない、と。
――しょうがない、それまでちょっとお料理を進めておきますかー。
あたしがキッチンに入ったところで、玄関から首だけを伸ばしたお母さんが“行ってきます!”と言った。
そういえば、お母さんの手や首は、いつからあんなろくろ首のように長く伸びるようになったのだったっけ、と思う。それから、耳のあたりまで口が裂けるようになったのも、のこぎりのように細かい歯が生えるようになったのもいつからのことだっただろうか。ずっと前だったような気もするし、最近のことのような気もするが――まあ。
――いっか。細かいことはどーでも。
そんなことより、写生会の絵を仕上げることと、今日の晩御飯の下ごしらえをしておくことの方が重要だ。
あたしはキッチンに立つと、まな板の上に乗っていた十本ばかりの“誰かの指”に向けて、包丁を振り下ろしたのだった。
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