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 黄昏の中、レサトの体が宙を舞う。大剣を両手で握りしめ、禍々しいオーラを放つ影の魔物に切り掛かった。 「レサト! おれは後ろに回り込む! おまえはそのまま攻撃しろ!」  右手に長い槍を持った青年が、慣れた様子で魔物の反撃をかわし、その背中に向かって槍を突き立てた。レサトも腹に剣を刺し、そのまま深くえぐる。  二人の動きは、まさに最強のコンビネーションと言っても過言ではないほど、息がぴったりと合っている。魔物は必死に猛攻を繰り広げたが、ついには地を揺らすような断末魔をあげ、吸い込まれるように消滅した。 「お疲れさん」  長槍の青年が、レサトに向かって左手をあげる。少し長めの藍色の髪が、風に合わせてサラサラと流れた。 「お疲れ様です、師匠」  レサトも左手をあげ、その栗色の髪を揺らしながら彼とハイタッチをした。互いの手が合った瞬間の短い音が、静かな町に響く。 「あー、おれ腹減ったなー。レサト、今日の晩飯は?」 「何で俺が作る前提なんですか。今日は師匠が作る日ですよね?」 「えー、もう疲れたから無理。レサト料理得意なんだからさ、頼むよ」 「はぁ、仕方ないですね……」  二人は肩を並べながら、山奥にある住居へと帰宅するために、長々と続く舗装された道を歩く。沈んでいく夕日が、そんな彼らを穏やかに照らしていた。  レサトが師匠のシャウラと出会ったのは、五年前の寒い冬の日だった。あの日のどんよりとした雲と、ちらちらと降る繊細な雪が、今でも脳裏にしっかりと焼きついている。  物心ついたときには、レサトの両親はすでにいなくなっており、幼い彼は早くも孤独を味わうこととなった。それでも必死に生きようと、東京の真ん中で、同じ境遇の仲間と肩を寄せ合って生活していた。大勢の子どもが知恵を出し合い、仕事に励み、何とか一日を過ごそうとしていた。悲しいことも多かったが、仲間と笑い合う時間も増え、彼の孤独感は徐々に消えていった。  しかし、現実はひどく無情だった。都会には影の魔物が出没しやすく、一緒に暮らした仲間も容易に踏みにじられてしまった。激しい悲鳴、伝う涙。彼はそのとき、ただただその悲劇を眺めていた。いや、そうすることしかできなかった。脳が恐怖に支配され、逃げることも戦うこともできなかったのだ。  大切な人は、みんな死んでしまった。自分には、魔物を殺すほどの力もない。もう、どうしたら良いのか分からない。成す術もなく泣きじゃくる十二歳の彼を、空中から突如として現れたシャウラは、いとも簡単に助けてみせた。その様子は鮮やかで、実に美しかった。  その後、彼はレサトの肩をそっと抱き、「行く当てがないなら、おれの弟子にならないか?」と言ったのだ。 「これはおれの勘だが、おまえは絶対強くなる。いずれ、影の魔物をバンバン倒せるようになるぞ。どうだ、おれと一緒に暮らして、そんで世界を救ってみないか?」  そのときの彼の空色の瞳は、彼の口から紡がれる言葉は、本当に優しかった。今思い出しても、胸の奥が温かくなる。  自分もシャウラのような強さを手に入れて、誰かを灯す光になりたい。その思いの下、レサトはシャウラの弟子となり、彼の熱心な指導を受け、人々を蹂躙する魔物を倒すようになった。最初は戦いのことなど何も知らなかった彼が、今はこうして敵を圧倒するまでになっている。
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