応酬

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応酬

一瞬戸惑いを見せた一ノ瀬は、「どういうことですか」と純粋に尋ねた。 「高校三年生の君達と出会うもっと前に、わたしは君と会っているんですよ」 「もっと前に……?」 「わたしの妻が死んだ今の話で思い出したんだ。君のお父さんは、もう随分前に亡くなっているだろう?」 「え、えぇ」 一ノ瀬はさりげなく目線を下げた。彼女がまだ幼い三歳の時、父も勿論まだまだ若かった頃の話だ。 「わたしと彼とは少し接点があってだね。当時その訃報を聞いたわたしは数年後、彼のお墓に参らせてもらった。そこで偶然、君と、君のお母様にお会いしたんだよ」 「お墓できたのは少し後だったので、私が五歳、六歳の頃でしょうか」 「そのくらいだったかな」 「高三の時も知っていたんですか? わたしがその時の子供だって」 「そうだな。でもさすがに君は覚えてないだろうね、二十年以上前の話だから」 「そう言う先生は、」 一ノ瀬は突然はっきりとした口調になって、食い気味に話し始めた。 「私のこと、覚えていますか」 …………狭い空間に流れる沈黙に、思わず藤井は「え?」と反応した。 「わたしが覚えていたからこう話してるんじゃないか、お墓で会った時はまだ君は髪も短く……」 「その後です」 「その後?」 「高校生の時の、私です」 「わたしが担任だったのだから勿論……」 「その前です」 なかなか具体的なことを話さない一ノ瀬だが、藤井もそれに対して分からないことをただ問うしかなかった。 「一体いつのことを言ってるんだ」 「先生、今の高校に赴任する前は違う高校にいらっしゃいましたよね」 「まぁそうだな、同じ県内ではあるが」 「その高校、私も通ってたんです」 「え?」 全く知らなかった事実に驚きを隠せない。 「私、高三になって転校したんです。先生と一緒に」 「一緒に……」 「一年生と二年生の時にも、何度か先生とお会いしてました」 「そうだったのか。大きな学校だったから全く気がつかなかった」 「先生も、覚えていませんでしたね」 「まさか高校三年間、ずっと同じ場所にいたとはな」 「私たち、何かと縁があるようで」 「では……。一ノ瀬さん」 藤井は一度深呼吸をすると、何かを決心した様子で話し始めた。 「あの時のことは、覚えていますか」 その口調には、明らかに今までのものと違うものがあった。
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