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仕事へ行き、夜中まで働いても勤務時間ですぐに帰ってしまう朝倉とは同じような給料で、愚痴を部署の仲間に言えば上司にちくられて。
散々だ。だが、自分のせいだ。
そう思わなければやりきれなかった。
でも、心がついていけない。こんなに頑張っているのに。
喉まででかかった言葉をぐっとこらえた。
二、三杯飲んで居酒屋を出た。夜風が涼しい。
初夏に辞令が出るのは珍しい事だった。
「大阪かあ」
俺は夜空を見上げて呟いた。東京育ちの自分が関西で上手くやっていけるんだろうか。
30手前、家族は年老いた両親と弟だけだ。
一度結婚しようかと思った女はいたが、女はそうではなかったようだ。
「俺はこのまま一生独りでいるのかな」
なんてな、と駅のホームで呟くと、スマートフォンを凝視していた若い女性にぎょっとした目で見られて恥ずかしさで俯いた。
池袋から40分かけて埼玉に帰る。
満員の最終列車、明日は土曜日だ。引越しの用意をしなければならない。
大阪のアパートは会社が用意してくれると言ったので後は自分のアパートを引き払って、引越し業者を呼んで…と思った瞬間、乗りかけた電車を飛び降りた。
もう、今日はいいや。
金は少しある。
もやもやした気持ちがおさまらなかった。
一軒目は覚えている。二軒目をはしごした時から記憶が怪しかった。
ビール、焼酎、レモンサワー、安酒、日本酒、気がつけば誰かに抱きかかえられた気がする。
(お兄ちゃん大丈夫か)
低い声がする。
あんまり揺さぶられると吐きそうだからやめてくれ、と言ったらどこかで休むか、と言う声が聞こえてきた。
(大丈夫ですよ、俺、強いんだ)
(そうは見えないけどな)
(飲みたい、今日はもういいんだ、俺飲みたいんですよ、溶けてなくなっちゃうくらい)
(ナメクジじゃあるまいし。家は何処だ、送ってやろうか)
(もう無理だよ、埼玉なんだ)
(随分遠いじゃないか)
(毎日毎日40分かけて通ってきてんですよ、畜生。頑張ってきたんだよ俺。人よりさ。でもみんな俺より要領よくて先に行っちゃうんだ、もう頑張りようがねえよ、やってらんねえよ)
(兄ちゃん、名前は)
(サイトウマコト)
(マコト、歯ァ食いしばれよ。男は我慢しなきゃならねえ。男だからな、いいか男だからだぞ)
(理由になってねえよお)
(それが理由だ)
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