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「…全くやんなっちゃうよな、この年になって気を失うまでヤるっていうのはなかなか…」
ぐったりとした最上は煙草をくわえると、俺に笑いかけた。
「すみません、つい」
「いや、久しぶりで俺もがっつきすぎた。こんなナリで男が好きだなんてさ、笑えるだろ」
「そんな」
「だからロクに恋も出来ねえ。は、俺が恋だとよ。面白えなあ…。本当はこんな商売もしたくなかったんだけど、惚れた男が誘うだろ?そうしたらどうしても断れなくなった。道を踏み外す理由なんてそんなものさ。これは内緒だ」
「ええ。それにどうせ俺、関西に行っちゃうから。来月転勤なんです」
「そうか…。マコト、いいか。やるんだったらとことんやれよ。自分がやりたいことがあるんだったら、誰がなにを言おうと辞めるんじゃないぞ。やめたら終りだ、次に行けばいい、そんなことはねえ。男なら歯ぁ食いしばって、とことん齧りつけ」
「歯を食いしばって」
「そうだ」
「駄目だったら」
「それでも、だ」
「解りました」
男の顔をしっかり目に焼き付けた。下の名前は結局教えてもらえなかった。
次の日に彼と別れたが、俺と最上が出会った証拠は、後から見つけた彼が言っていた店名の入ったクシャクシャのレシートだけだった。
「なんかお前変わったよな」
「そうか?大阪で大分可愛がってもらったからかもな」
「……そういうもんかなあ。たった一年で人って変わるもんなのかね」
「一日だって」
「え?」
「……一日でも人間は変われるんだぞ」
ふ、と微笑んだ同僚、いや上司の顔を見て朝倉はドキッとした。
この男は本当に変わった。
大阪から異例の出世をして舞い戻ってきた斉藤の送迎会を終えて、二次会を開こうと言う皆の誘いを断って斉藤は朝倉を連れて二人だけの二次会をしていた。
「なにかあったのか」
「なにがだ」
「変わった理由さ」
「そうだな、教えてほしいか」
「うん」
「恋さ」
そう言って斉藤はおどける。
朝倉はいぶかしげに眉を顰める。
それをおかしそうに見ながら斉藤は笑った。
スーツの胸ポケットに入っていたくしゃくしゃのレシートを取り出し愛しそうに撫でる。
「今日はあまり飲めないんだ、人を探しに行くんでね」
大きな体のあの人を。
歯を食いしばって生きているあの人に、俺は今日キスしに行くんだ。
【歯を食いしばれ】完
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