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永崎道子は、占い師にお金を渡すと、足早にデパートの出口に向かった。
履きなれないヒールのつま先が少し痛む。
紫のカーディガンに虎のTシャツにサングラス。
私はなんという格好をしているのか。
思わずくすりと笑ってしまう。
おかげで、真弓には、気づかれなかった。
十年近くも前に離れた母親が、まさかこんな格好で、自分の目の前に現れるなど、どうして真弓が思うだろう。
タロットカードを操る、真弓のしなやかな指先を見つめる。
その悩まし気な表情をうかがって、言葉や息遣いに耳を澄ませる。
道子は、前には不倫に悩む妻を演じた。
その次は、子供の結婚を心配する母親、という設定だった。
今度はどうしようかな。
いっそ男性に変装するのもいいかもしれない。
くたびれた中年サラリーマン。
リストラされそう、なんて言ってみたりね。
ああ、まどろっこしい。
本当は、私が真弓の悩みを聞いてあげたいのに。
道子は、階段をのぼり、デパートの外に出る。
新緑が目にまぶしい。
雨はいつのまにかあがっている。
閉じた傘の先から、雨粒が宝石のようにきらめいてこぼれ落ちる。
(終わり)
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