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僕は帰り際に、駅に落とした財布を探していた。駅員さんに聞いても財布は届いていないらしい。それなら他の場所で落としたのかなと考えていたところだ。しかし、他の場所で落としたとしても、思い当たる場所に検討がない。まぁ、ご飯を食べてからお金を下ろそうと思っていたところで、所持金一万円程度だったので、財布の中にあまりお金が入っていなかったという点に関しては不幸中の幸いなのだろうか。それに、免許証やクレジットカード等は別々に管理しているので、無くなったのは財布とお金と何枚かのポイントカードのみということだ。
だが、どこかに落ちていてまだ見つけられていないだけかもしれない。僕は他の場所も探すことにした。
男性トイレにはいった。出勤するときに個室トイレに入ったので、可能性としてはあるのかなと思った。ただ、個室のトイレに入っていた人は30分程度待っても中々出てこなかった。この人は多少トイレが長い人なのかなと思い、別の場所を探すことにした。
僕がトイレにを立ち去ろうとすると、個室トイレの鍵が開く音がした。僕はその個室トイレの様子を見ようと、トイレの中へ進んでいくと下半身のみの死体があった。
なんということだ。財布を探していたはずが、死体を見つけてしまった。
僕はすぐに駅員さんにこのことを伝えた。すると、駅のベンチで座っていた男が立ち会がり、こう言った。
「探偵です。この殺人を解明して見せましょう。」
僕はこの世界に本当に殺人事件を解決するような探偵がいることに驚いた。とりあえずこの探偵の指示で今日一日のトイレ前に設置してあった防犯カメラの解析と、駅の中にいる人間を外に出さないようにした。電車から降りてくる人も。元々駅の中にいた人と混ざらないように注意した。
しかし、この探偵を信用しても良いのだろうか。僕だけではなく、それは駅の中にいた周囲の人間もそう思っているのではないかと感じた。その思いとはよそに再び探偵は口を開いた。
「では、まずは第一発見者であるあなたの話を聞いてみましょう。」
「僕は財布を探していたのです。駅員さんに一度、僕の財布があるのか聞いてみたのですが、まだ見つかっていないそうで。」
「それで、駅の中を探してからなければ諦めて帰ろうと思ったのです。そして僕は出勤前にトイレへ寄ったので、その個室のトイレに財布がないか調べようと思ったのですが、30っ分待っても出てこなくて。」
「やっと出たと思ったら死体があったのです。」
「そうですか。ちなみにその駅員さんは、あなたの財布の情報を聞いたり、忘れ物を取り扱っている奥の場所を確認したりしましたか?」
僕は予想もしない質問の展開に一瞬困惑した。
「いいえ。そのような素振りはありませんでした。」
「そうですか。みなさん多分、今私が本当に探偵なのだろうかと疑っていると思います。それを証明するためにも、この第一発見者さんの財布泥棒の犯人を突き止めましょう。」
この探偵はやはり自分に対する駅の中の人々の疑念を察知していたようだ。
「もう返したらどうですか?駅員の草壁さん。」
僕は驚いた。あの質問を受けてくれた駅員さんがまさか財布泥棒をしていたのか。
「まずおかしな点は、財布の情報を聞くどころか忘れ物があるのか確認しなかった、にも関わらず、あなたは第一発見者さんに財布はないと断言しているのです。」
「あたりまえでしょう。財布の忘れ物が届いていないことを記憶していたのだから。
「でも普通は本当にそのような落し物がなかったのか確認くらいはするはずです。自分が財布を盗んだ相手を把握したうえで、訪ねてきた相手がその人でない限りね。」
「そしてもう一つ、あなたの制服の胸ポケットには奇妙なふくらみがあります。他の駅員さんには見られない。その胸ポケットに入っている者を見せていただけませんか。」
「いやだなぁ。これは私の財布ですよ。そのお客様と同じものなのかもしれません。」
「それならこの財布の中にあるポイントカードの情報を調べてもらえませんか。その中に入っているいくつかのポイントカードの情報はスマホと連動させてあるのです。IDを共有していつでもポイントの残高が見られるように。」
「もしその中に入っているポイントカードの情報が私のであればあなたは財布を盗んだという証拠になりますよね?」
「くそっ」
どうやら駅員という立場を利用すれば財布泥棒をこっそりしていてもバレないと思ったらしい。制服の胸ポケットに盗んだ財布をしまっていたのは、他の従業員や客に財布を取り出すところを見られないためであり、その様子を防犯カメラに映らないようにするためでもあったらしい。
「では次に殺人の犯人を警察と救急車が来る前に見つけて見せましょう。えぇ、大丈夫です。私は間瞬太。スピード探偵と呼ばれておりますから。」
嘘だろう。警察と救急車が来るまで20分程度だろう。その間に下半身だけの奇妙な身元不明の死体、そしてその人を殺した犯人を割り出すというのか。
その不安をよそに捜査が始まった。
「この死体はきっと女性でしょう。黒いスーツのズボンをはいた下半身でなおかつ男性トイレで見つかったとなれば、その死体は男性であるのではないかという思い込みをしてしまうかもしれません。ですがこの下半身の体つきと足の細さ、筋肉の付き方からして女性で間違いないと思います。」
正直僕もこの遺体は男性だろうなと考えていたので驚いた。しかし遺体を現場から動かしていない状態で見破るのはさすがだと感心した。
「そしてこの個室トイレの中で仕掛けられていたトリックです。トイレ自体の窓は空いており、犯人はそこから逃走したとして、個室の中にトリックを仕掛けたのは扉の外側で間違いないでしょう。発見前では扉に鍵が掛けられており、扉の上と下では人が入ることが出来る隙間ではない。」
確かにそうだ。しかし犯人はどのような方法を使ってトリックを完成させたのだろうか。
あの探偵は掃除機の中を漁っているようだった。しかし、第一発見者の僕の推理からすると黒いスーツケースを持った旅行帰りの男性と、ピンク色のスーツケースを持ったイギリス系外国人女性の二択だろうと考えていた。なぜなら、人の下半身を丸ごと隠すには大きな入れ物が必要であり、それは大きさ的にスーツケースしかないからだ。しかし、個室トイレに鍵をかけたトリックが思いつかない。
「いきなり殺人事件が起きて困ったものですね。」
仕事帰りの30代後半くらいの男性に話し掛けられた。
「えぇ、それに僕がまさか駅員さんに財布盗まれるわ、第一発見者になるわで大変ですよ。」
「防犯カメラを見ればわかると思いますが私もトイレに立ち寄ったのですよ。だから、容疑者にされるのではないかとヒヤヒヤします。」
「僕に比べればその疑いをかけられる可能性は低いでしょう。」
「正直、あなたもあのスーツケースを持っている二人のどちらかが怪しいのではないかと思っているのでしょう。」
この男性もそこには気が付いていたみたいだ。
「えぇ、きっとあの探偵もそこには気が付いているのではないでしょうか。」
そう言って、あの探偵の方を見た。すると磁石二つと釣り糸と何やら振動するブザーのようなものが見えた。僕には何が何だかわからなかったが、顔つきを見ているようだと、探偵は謎を解明したようだ。
本当に15分ちょっとくらいの時間で謎を解明したようだ。その探偵は推理ショーを始めた。
「まずは犯人が誰か先に示しておかなければなりませんね。犯人はあなたですよ。」
僕は驚いた。その探偵の指した犯人というのは先ほどまで話をしていた30代の男性だったからだ。ただ、その推理は間違いだ。彼は背中回りが覆う程度のリュックサックをしょっているだけで、死体の下半身を隠して運べる程度の入れ物は用意していなかった。
「探偵さん。残念ですがその推理は外れですよ。このリュックでは遺体の下半身は運べない。」
「えぇ、だから彼はちょっとしたトリックを使ってここまで来たのです。」
「そのトリックというのは何ですか?」
「彼は胡坐をした状態で被害者の下半身を固定してあたかも被害者の足が自分の足であるかのように偽装してここまで来たのです。」
なるほど、確かにそうすれば大きな入れ物を用意しなくてもここまで来ることができる。
「では、個室トイレに鍵がかかっていたトリックはどうなのですか。」
「その説明をする前にこの掃除機、最先端の機能がついているみたいですね。全く音がしないのです。その特性を生かして彼は次のようなトリックを行った。」
「まず、扉の端にこのような状態で釣り糸を固定し磁石を設置します。そしてその床の延長線上には振動が鳴るブザーを設置する。もう片方のバーのところには錠が出ていない状態で扉を閉める。そして、一回ブザーを振動させ磁石が回転し、その磁石に引き寄せられた錠は横にスライドさせ鍵を閉めた。そして二回目に第一発見者さんがトイレに入った状態でもう一度同じことをすれば鍵は開くのです。」
「あとは混乱に乗じて、トリックに使った一式を無音の掃除機を使って吸い取るだけ。」
確かにこのトリックを使えば、個室トイレの鍵を外側から開け閉めすることができる。しかし、彼が犯行を行ったという肝心の物的証拠がない。
「証拠ならありますよ、駅近くののマンホールの下に捨てられていたとあるズボンを私の協力者が見つけてくれました。」
「これは駅にたどり着く前に被害者に着せていたズボンです。」
そうか。彼はトリックで使うために同じズボンを2着買っていて、被害者にはかせていたズボンをマンホールの下に捨てたのか。
しばらくして、警察と救急車が到着した。彼の証言で遺体の上半身も発見された。動機は妻があの駅のホームで被害者に突き飛ばされ、電車に轢かれて無くなってしまったことによる恨みらしい。調べて見ると、被害者が女性を電車が来るタイミングで突き飛ばした映像が発見され、今その二人の関係性を警察が調べている最中だとか。
帰り際に僕は探偵に声をかけた。
「本当に警察が来る前に解決したのですね。」
「よほど凝った殺人は私の専門外ですが、事件を早く解決させるのが私のスピード探偵と呼ばれる所以でして。」
この探偵に会う機会が二度も僕にあるのだろうか。
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