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エピソード 13
ガシャーン!
「なんでリオンとアカネがふたりで出かけているのよ。あの子がリオンを連れ出したに違いないわ。」
イザベラが近くにあったブラシを地面に叩きつけた。
テントの中は、イザベラが手当たり次第に投げた物で散乱している。
物音を聞いてやってきたウェントスがなだめるようにイザベラの肩に手を置いた。
「リオンもアカネも可哀想なヤツなんだ。ふたりとも他の世界からやってきて、大変な思いをしている。あのふたりには、我々にはわからない通じる思いがあるんだと思う。」
「なにさ、通じる思いって!あたしだって色んな苦労をしてるし、泣きたいことだってたくさんあるんだから。父さんがいたら、母さんがいたら、って毎日思ってるのよ!」
そう言って、イザベラは自分の肩に置かれたウェントスの手を振り払った。
イザベラは、ウェントスの妻、エマの妹クレアのひとり娘。
クレアは貴族の若者と恋に落ち、イザベラを生んだのだが、貴族とジプシー、身分違いのふたりの恋はすぐに終わりを告げる。父親の反対でクレアの元を去った恋人に絶望し、イザベラを残してクレアがこの世を去ったのだ。
イザベラは、母さんみたいにならない、恋に破れた母のようになりたくない。
それが口癖だった。
「リオンは絶対にアカネに渡さない!どんな手を使ってでも。」
暗く燃える黒い瞳でイザベラは、ウェントスに挑むように叫ぶ。
「イザベラ。恋はひとりでするものじゃないだろ。」
「いやよ。恋は相手を焼きつくすまで終わらないものだわ。あたしはリオンを焼きつくすまで離さない。」
いつもいつもそっけないリオン。いつか、自分に振り向いてくれるに違いないと祈るように思い続けてきたけれど、アカネがきてからリオンが変わってしまった気がする。
昨日のチェルシー伯爵の屋敷でのリオンの態度もそうだ。今まではジプシーたちのことにはいっさい口を出さず、距離をとっていたリオンなのに、アカネがあの貴族のところに残ることに反対をとなえ、貴族にくってかかった。
あんなリオンを見たことがない。
あんな役立たずな子のどこがいいの?あたしの方が美人なのに。
「それなら、直接尋ねてみたらどうだい?リオンの気持ちを。」
ウェントスは優しくイザベラに言う。
「そんなの何度も尋ねてるわ。でもリオンは自分にはやらなければならないことがあるから、って言うだけ。」
「そうなのか。イザベラも小さかったけど覚えているだろう?五年前、我々が森を通りかかった時、リオンが瀕死の状態で倒れていた時のことを。あの傷は盗賊に襲われたとかそんなレベルの傷じゃなかった。背後から確実に命を奪おうと突然襲われた傷跡だ。リオンは我々には想像できない何か大きなものを抱えているんだ。恋をしている場合じゃないのかもしれない。イザベラも辛いだろうが、もう少し待ってやってくれないか?」
その黒い瞳には姪を心配するウェントスの深い情が浮かんでいる。
「わかっているわよ。だからもうずっと我慢して辛抱強く待っていたわ。アカネよりあたしの方がリオンのことを理解しているし、彼を愛しているのに、なんでリオンはわかってくれないの。」
イザベラは自分の言葉に酔うように激情を爆発させた後、ふと。
「そうだわ。おばばさまに頼めばなんとかなるかもしれない。」
イザベラは街の女たちがおばばさまのところへ恋の魔術をかけてもらいにくることを思い出した。
なんで今まで思いつかなかったんだろう?
「おばばさまに、恋の魔術をかけてもらうように頼んでみる。」
そう言って、イザベラはウェントスを残してバタバタとテントを出て行ってしまった。
その後ろ姿を見送りながら、ウェントスは五年前の出来事に思いをはせていた。
あの日、森で瀕死のリオンを助けた時から彼の抱えるものに気づくことがあった。
血に染まってはいるが、着ていた上等の洋服、完璧なクイーンズイングリッシュ、隠せない上品な立ち居振舞い、ヴァイオリンとピアノの腕前。
ウェントスにもリオンが貴族の、しかも高位の貴族の生まれであることはすぐにわかった。
傷が治り、体が元に戻っても、ジプシーの群れから出ていこうとしないリオンに、貴族のお家騒動が絡んでいることは容易に想像できた。
リオンの父親や母親はどうしているのか?
なぜリオンは、彼らを探さないのか?
いや、彼を殺そうとしたのが、彼らなのか。
ウェントスにはリオンに尋ねたい様々な疑問があったのだが、
「何かできることがあったら遠慮なく言ってくれ。」
とだけリオンに伝え、あとは言いたくなったら話してくれるだろうとこれまで何も聞かないでいる。
時おり、リオンがふらりとどこかへ出かけることも何かを考え込んでいる眼差しを見せることにも気づいていたが、ウェントスは何も知らないふりをしていた。
このままリオンが永遠にジプシーの群れにいるとは思えない。
この先、リオンはどうするつもりなのか。
一度リオンと話をするべき時にきたのかもしれないとウェントスは思うのだった。
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