エピソード 14

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エピソード 14

「本当に俺たちと来てよかったのか?」 隣の馬にまたがる茜にウェントスは、黒い瞳を向けた。 「もちろん!」 茜は笑顔でウェントスに答えたものの、慣れない馬の扱いに精一杯だった。 馬の名前はシーザー。 自分の元へ残らず、ジプシーと一緒に行く決心をした茜のためにチェルシー伯爵ルイスがプレゼントしてくれた馬だ。 穏やかな気性でスタミナもある。きっと茜の良いパートナーになってくれるはずだとその栗毛の馬を与えてくれたのだ。 自分が馬に乗るなんて。馬に乗って旅している高校生って、私くらいよね。 信じられない気持ちだが、この世界で生きていくなら絶対に馬に乗れた方がいいに決まっている。 チェルシーパークで馬の乗り方をウェントスから習い、初めて馬に乗って旅に出たところだ。 手綱さばきもまだ慣れない。 馬が歩みを進めるたびに、馬上で自分の体がその動きにもっていかれそうになるのにも逆らいがたい。 とにかく力を抜いて楽に乗ること。ウェントスは何度もそう言ったけれど、茜にはそれが難しいのだ。 「アカネ!疲れたらこっちにおいでよ。」 幌馬車の方に乗っているフィンが顔を出して、前を行く茜に声をかけた。それまではいつも一緒に幌馬車に乗っていた茜が、今日はひとりで馬に乗っていてフィンは寂しく感じていたのだ。 「ありがとう、フィン。」 茜はフィンに笑顔で応える。 どこまでものどかな夏の1日だ。 青々とした草原にひとすじの道が続いている。 次の街まではまだ遠い。 彼らジプシーたちは、馬と2台の幌馬車、1台の荷馬車で旅をする。 馬に乗るのはウェントスとリオン、そして2台の幌馬車と荷馬車にはウェントスの息子ふたりと弟のルプスがそれぞれ御者として乗り込んでいる。 フィンやウェントスの息子の嫁、その子供たちはそれぞれの幌馬車で移動するのだ。 「よーし。この辺りで少し休憩をとるとしよう。」 ウェントスが懸命に馬を扱う茜の様子を見ながら後ろにいるメンバーに声をかけた。 なだらかに続く緑の絨毯のような草原を少し脇に外れるとその奥にゆったりと川が流れているのが見える。 水草が生い茂り、重そうに水が流れていく。水は透明度が高く、水草のふちにそって魚影がチラチラと見え隠れしている。 「アカネ、魚がいるよ。ここで魚釣りをしよう。きっとでっかい鱒がつれるハズさ。」 茜が馬をおりてウェントスに手綱を渡すと、フィンが幌馬車から釣りざおを持ってきた。 基本、イングランドでは、川は国の持ち物でも、その両岸はその土地の持ち主である貴族たちの管理下に置かれている。 だから川岸で釣りをする時には、その貴族に高価な入漁料金を払わなければならないのだが、ジプシーたちにはそのルールは通じない。 「自然の恵みはすべての人々のもの。持つ者から持たざる者が少しばかり分けてもらうことがなぜ悪い。」 そんな考え方をするジプシーたちは平気で農家の畑の野菜を失敬したり、川で鱒を釣って食糧にしたりする。 そんなやり方に慣れず、茜はいつもひとりで焦ってしまうのだった。 きれいに整備された緑の土地。ここもどこかの貴族の管理下に置かれているのに違いない。 「ほらアカネ、こうやって毛ばりを虫みたいに動かすんだ。すると魚は虫だと間違えて毛ばりに食いつく。」 フィンが川岸に立ち、得意気に釣竿を動かして茜にみせる。 川の中で毛ばりが虫のように泳ぐ。 茜もその毛ばりの動きに密漁をしていることをすぐに忘れて、感心した声をあげた。 「フィン、すごいわね。本当に虫が生きて泳いでいるみたいに見えるわ。」 「へへっ。だろ?」 フィンが嬉しそうににっこり笑った。 「その虫、フィンが作ったの?」 「もちろん。魚は水中の虫を食べるんだ。だからオイラは、水中で育つトンボの幼虫を研究して、真似て作ったのさ。」 フィンは、研究して、の部分を強調して胸を張った。 「こんなにリアルな虫を作れるなんてすごいわ。きっとこれでたくさん魚が釣れるわね。」 茜が言うとフィンは生意気そうに 「ま、そこそこね。でも、オイラより釣りが上手いのはリオンなんだ。めったに釣ってくれないけどさ。」 そう言って、ジプシー音楽団の最後尾にいたリオンが、幌馬車の脇に馬を繋いだのを見て、大声で叫んだ。 「リオン、こっちに来てよ!」 リオンがその声に気づいて、こちらにやってきた。 茜はリオンの視線を感じて、意味もなくドギマギしてしまう。 「魚はいそう?」 リオンがフィンに尋ねる。 「うん。流れもゆるやかだし、いい隠れ場もあるし、かなり良さそう。ほら、あのあたりは魚が見えてる。」 フィンが水草の向こうを指さした。 「確かに、釣れそうな場所だね。」 目の前の川を見つめながらリオンが言う。 「今、アカネにリオンは釣りがうまいって話してたんだ。今日はアカネもいることだし、おっきいヤツを釣っておくれよ。」 フィンが上目遣いにリオンを見上げるが、リオンは、辺りを見渡して首をふった。 「ここはかなり手入れされているから、リバーキーパーがすぐに飛んで来ることになりそうだ。」 「できるよ、リオンならリバーキーパーが来る前にちゃちゃっと釣れるって。相当、場慣れしてるから。」 するとリオンが白い歯を見せて笑った。 「失礼なヤツだな。俺が色んな場所で、密漁しまくってると思っていないか?」 リオンの笑顔にフィンが一瞬、おや?という顔をしたが、すぐに、 「だって、リオンって、あんなに釣りがうまいじゃんか。どこかで隠れて釣りをしてるに決まってるさ。」 ニヤリと笑う。 「やっぱり、そんなことを思ってたんだな。釣りは場慣れじゃない。魚との駆け引きに勝つことなんだよ。」 「駆け引きって?」 フィンが口を尖らせてリオンに尋ねようとした時。 フィンの持っていた釣竿の疑似餌が、ふわんと波うった、と見えた後、虫のように見えていたパーツがバラバラに分解し、川の流れにのって流れ出した。 釣竿には釣糸しか残っていない。 「うわわわわわわ。」 フィンがその様子を見て、あわてふためいている。 そのフィンのあまりの慌てぶりにリオンがプッと吹き出した。 「フィン、お前、ちゃんと結んでなかったんだろ。今度ゆっくりてぐすの結び方を教えてやるよ。」 そう言って笑いながら向こうに行ってしまった。 「ちくしょー。傑作ができたと思っていたのに。」 フィンが悔しそうに叫んだあと。 「でも、意外だな。」 フィンがリオンの後ろ姿を見ながら呟いた。 「リオンがあんなに笑うのを初めて見たよ。最近、リオンがちょっと変なんだよな。冗談も言ってたし。。。だよね?あれ、冗談だよね?アカネ。」 「さ、さぁ。よくわかんないけど。」 茜は、リオンというワードにひとりでに顔が赤くなるのだった。
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