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エピソード 5
ジプシーたちが呼ばれた貴族の屋敷は、シュルーズベリーの街の外れにあった。
うっそうとしたオークの木々が屋敷を囲み、鉄の城門から屋敷までは長いアプローチが続いている。
門番の指示通り、ウェントスとリオンは、正面玄関を避け、脇道を通って、裏手にある馬小屋に馬を繋ぐと先に馬からおろしたイザベラと茜を伴い屋敷に向かった。
「アカネはできるだけ目立たないようにしていろ。イザベラの踊りを見て、貴族たちにどう振る舞うのかも覚えてくれ。」
隣を歩くウェントスから緊張が伝わってくる。普段の公演の時には見せない姿だ。
貴族の屋敷と聞いて、一瞬喜んだ茜だったが、得られる報酬も大きい分、危険も伴うところだと理解した。
貴族は、ジプシーをなぶり殺しにしても罰せられない、と言うことらしい。
ここへ来たのは、この屋敷の主人から直々にご指名を受けたウェントスとリオン、イザベラのみ、のはずだった。
それなのにイザベラが、貴族への対応を学ぶために、茜も一緒に行くべきだと言い出したのだ。
「気をつけて、アカネ。イザベラが何か企んでるのかもしれない。アカネを目の敵にしているイザベラが、なんでアカネを同行するように言ったのか、心配なんだ。オイラも一緒に行けたらよかったんだけど。」
フィンは、茜がウェントスと共に馬上の人となってからも何度も気を付けるように繰り返した。
しかし、イザベラは自分から同行を催促しておきながら、ずっと茜を無視したまま、無表情なリオンを見つめて笑いかけたり、小さな声で何かをささやいている。
すっかり、茜のことはすっかり忘れてしまったように見える。
「イザベラは、リオンが好きなんだ。だからライバルになりそうなアカネが邪魔なんだよ。」
フィンの言葉を思い出す。
「リオンっていくつなの?」
その質問にはフィンは興味なさそうに
「わかんない。リオンはアカネとおんなじように途中から仲間になったんだ。自分のことは話さないし、みんな知らないと思う。」
とそっけなく答えたのだった。
四人が通されたのは、屋敷の「グレートホール」と名付けられた玄関ホール。
今日は少人数の宴だから、大広間ではなくここで演奏するようにとのことだった。
そこは、歴代の当主の肖像画、凝った装飾のマントルピースの暖炉、大きなソファ、足の長い絨毯、海外の物と思われる珍しい工芸品や楽器の数々に彩られた豪華なホールだった。
茜の父親くらいの男性四人がゆったりとソファに座り、お気に入りの酒を飲みながら、ジプシーたちの演奏に聴きいっている。
今夜は、「ロマンチックな恋の歌を」という彼らのリクエストに、ウェントスとリオンは珍しくスローなバラードのナンバーを何曲も奏でる。
恋に苦しむ切ない歌詞がどこまでも甘い。
孫がいるくらいだから、それほど若くはないはずだが、切ない恋の歌を歌うウェントスは青年のように見えた。
今夜は、赤いバラを髪に差したイザベラもしっとりと優雅に舞っていて、いつも以上に神々しく美しい。
「ほぉ。さすがだな。」
男たちも口々にイザベラをほめそやし、酒を酌み交わす。
「イングランドでも有名なジプシーの音楽団は、やはりその辺りのジプシーとは違いますな。リード卿は音楽への造詣も深いと思慮いたします。」
酔いがまわってきた四人の中で、金髪の巻き毛の男が当主のリード卿とやらへおもねるようにズルそうな目を向けた。
「本当に一流品を見極める「目」と「耳」を持っていらっしゃる。」
髭の男も重ねるように賛辞を送り、他の男たちもうなづく。
「音楽は友、だからな。私にとって。」
リード卿は、満足げに言って、グラスの酒を一気に飲み干した。
「ウェントスたちって有名なんだ。確かに音楽のレベルが半端ないと思う。」
茜も音楽をやる端くれとして、彼らがそれぞれ名手であることは感じていた。
楽器が上手い、というだけじゃなくて、何か音に深みがあるって言うか。。。
そんなことを思いながら部屋の様子を隅で見つめていた茜は、ふとリオンの帽子に気づいて目が離せなくなってしまった。
彼は、公演に出かける時はいつもつばの広い帽子を目深にかぶっているのだが、今日は室内なのにいつものようにかぶっているのだ。
外だからかぶっていたんじゃないの?
そもそも、ヴァイオリンを弾くのにあのつばの広い帽子は邪魔にならないんだろうか。
すると、そんな茜の心が伝わったかのように、曲が終わると突然、リード卿がリオンに帽子を脱ぐように命令した。
「おい、ヴァイオリン。お前、イカしたその帽子を脱いで顔を見せろ。」
ウェントスの顔に緊張が走る。イザベラもハッとしたようにリオンに顔を向ける。
帽子のつばの奥でリード卿の命令を聞いていたリオンは、一瞬動きを止めた後、ゆっくりとヴァイオリンを片手に持ちかえ、もう片方の手で流れるような仕草で帽子を脱いで床に置いた。
その途端、四人の男たちの前に絵画のごとき美貌の少年が現れる。
少年、と言うには大人びた雰囲気を持っているがすんなりと長い手足、引き締まった体はまだ少年の面影を残している。
深い湖のような濃いブルーグレーの瞳。
通った鼻筋、きりっと結んだ口元を柔らかな栗色の髪がさらりと覆っている。リオンに口を開く気配はない。
「ほぉ。アドニスのようじゃないか。」
リード卿がギリシャ神話の美少年を持ち出すと他の三人もそうだそうだと騒ぎ出す。
「どうですかな、司教。今宵アドニスと過ごす、と言うのは。」
酒で赤くなった丸顔の男が、痩せた黒服の男にささやくと司教と呼ばれた男はわざとらしく十字を切って、
「わたくしは国王たる神につかえる身。めっそうもないことでございます。」
わざとらしく答えた。
「おぇっ。セクハラ男たち!キモすぎる。」
茜は心の中で舌を出した。
と同時に茜は、嫌な予感を感じはじめた。
イザベラが私をここへ連れてきたのは、もしかしてー。。。
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