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私は親友の美奈の連絡先を押すと、耳に当てソファに項垂れながらコール音を聞く。『はい、一ノ瀬』と出た声は低くてざらついており、もしかしたら風邪を引いているのかもしれないと思った。風邪を引いていたら私の愚痴なんて聞きたくないだろうな。でも今は愚痴らずにはいられなかった。今は誰かに共感してほしかった。
「別れた。5年付き合った彼氏と別れた。浮気されて、別れた。出張早く終わったからあいつの家に寄ったら別の女とベッドイン。ハハッ、笑えるよねぇ。護ってあげたくなるような女子と一緒に寝てました。結婚とか考えてた私が馬鹿みたいだわー」
私はけらけら笑いながら横になると、潤んだ瞳をごしごしと擦りながら鼻を啜った。今さら感情が外に出てきて、情けない。
『久野さん、誰かと間違えてませんか?』
「は?」
私は美奈が余所余所しい「久野さん」呼びをしたので思わずスマホの画面を見ると、そこには「一ノ瀬課長」と書かれており絶句する。酔いが一気に冷めてしまい、慌てふためく心だけが残った。
あの鬼に連絡してしまったのか。あの笑わない鬼に。親友だと思ったら鬼だったって? しかも彼氏に浮気されて別れた話までしてしまった。あの鬼に。鬼課長に。終わった。人生色んな意味で終わった。
「か、課長、す、すみません! ま、間違えました!」
『間違えた?』
まずい、声が怒ってる。声のトーンが怒ってる。終わった。ああ、さようなら私。さようなら人生。楽しかったよ。
「し、親友も一ノ瀬と言いまして、酔っていたものですから。本当にすみませんでした!」
『こんな昼から飲んでたんですか』
一ノ瀬課長は溜息を吐くと、私はウッとなって「すみません……」と謝る。なかなか切るタイミングが見つからず、通話した状態のまま沈黙が続くと辺りをキョロキョロと見渡しながら「で、では……」と切ろうとする。
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