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「田沼洸太さんですね?何があったか覚えてらっしゃいますか」
目を開けると、どこか知らない場所の座席に座っていた。辺りを見回すと、落ち着いた色合いの列車内のようだった。乗客は自分以外誰もいなかった。こんな列車は知らないし、列車に乗ったという感覚さえない。しかし一番驚いたのは少し上から聴こえた抑揚のない声の主だった。
目線を上げると、腰までミルクティー色の髪を伸ばし、白い肌にピンクの唇を乗せた整った顔立ちに、レースの着いた黒いフィッシュテールスカートを着た少女だった。
少女の顔を認識した瞬間に、俺は釘付けになった。
美しいからではなく、薄紫の目の中に時計があったから。決して比喩ではなく、実際にそうなのだ。
ローマ数字のⅢとⅥとⅨとXIIに加え、短針と長針もしっかりとあった。
「あなたは自分に何が起きたか理解していますか」
少女は、何も言葉を発さない俺に痺れを切らしたのか再び聞いた。
「確か、会社から帰って…それから…」
「轢かれたんです。車に。歩道を歩いていたあなたに、偶然突っ込んだですよ」
「轢かれた…?……っ!!」
突然の宣告で、自分の身に起こった出来事が蘇ってくる。
それと同時に轢かれた瞬間の痛みを思い出し、頭痛が襲ってきた。
そうだ。俺は、会社から帰っている途中で歩道に突っ込んできた車に運悪く轢かれたのだ。
じゃあ、何でここに居る?ここはどこだ?
「あの、ここはどこでしょう? それとあなたは誰です?」
「あなたは、死んだのです。そしてここは、死んだ方に最期の旅を提供し、お送りする列車。通称"最旅車"。私は、この列車の車掌とでも言ったところです。」
「はぁ…」
一気に説明されても突然の事で頭が追いつかない。
いや、ということは俺、死んだのか? まだ、29歳で? 少女は変わらず無表情でじっとこちらを見ている。
「さて、本題です。私たちはあなたをお送りする前に旅に連れていって差し上げます。目的地はあなた自身が決めるんです。」
「ちょ、ちょっと待ってください。旅も何も俺は、その、なんというか死んだという実感が沸かないんです。」
とんとんと進めいていく話を一度止め状況を把握しようと、整理をしていく。
簡単に言うと、俺はあの時死んで、この列車に乗り込んだ。そして今、その列車に最期の旅を提供してくれるという。
嘘みたいな話。しかし実際俺の身に起きている。
「そういう方は多いのですが、特に支障はないです。そんなことより、早く決めていただけませんか。あなたには時間がない。」
「と言うと?」
「最旅車に乗ってから、目が覚めるまで時間がかかりすぎたのです。なので通常より時間がありません。早く決めて頂かないと強制的に、行き先が終着点になるので。ちなみに、場所や時間は指定してただければある程度は。限度はありますが。」
どうやら、この世界は俺の知らないことで溢れているらしい。
どこに行こうか。学生時代によく行った店?それとも、実家にしようか。
「1つ聞きたいんだが、未来には行けるのか?」
「ええ。もちろん」
もうなんでもありだな。
未来…俺があの時あの場所に居なければ、どうなっていたのだろう。妻の琴音と俺で順風満帆の生活をして、それで…
偶然、と言えばそれまでで。本当に人生は儚かった。
1度きりの最期の旅。行先は自由。
それじゃあ、
「1ヶ月後の彼女の、琴音の元に連れて言ってくれ。」
「…了解しました。琴音様のところですね。」
そう言うと少女は、腰あたりにある機械のクランクを回し、券を発行した。
それを、俺に差し出しながら「乗車券です。絶対に持っていてください。」とだけ言うと、前の車両のに移動してしまった。
しばらくしてアナウンスで「次は1ヶ月後の琴音様〜、1ヶ月後の琴音様〜」という目的地を知らせる声が響いた。
俺しか乗っていないというのに、わざわざアナウンスまでをすることに少し照れくささ的なものを覚えながら、これまでのことを考える。
琴音は俺の妻で、共に一生懸命に働き将来は、楽に暮らせるようにとせっせと身を削ったのだ。仕事で疲れていても、帰ったら温かい琴音の作ったご飯で癒された。
今頃、琴音はどうしているだろうか。突然夫が事故で死んだ。という知らせを受け、悲嘆にくれていそうな彼女が1ヶ月後、立ち直れているか見たかった。
「1ヶ月後の琴音様に到着でございます。」
列車に揺られていると、アナウンスが聞こえ扉が開いた。
立ち上がり降りようとすると、後ろから少女に声をかけられた。
「田沼洸太様。注意事項です。一つ目、何があっても受け入れること。二つ目、あなたは他の人から見えていません。よってあなたが、何かをしようとしても意味がありません。そして最後に。後三十分ほどで戻ってき下さい。でなければ、あなたは無になります。何も残りません。いいですね?」
薄紫で時計がある少女の目に真っ直ぐ見つめられた。まるで、絶対に戻ってこいとでもいう様な目付きに少し身震いした。
「あなたは来ないのですか」
「私はここに縛られているので」
「はあ…」
先程とは打って変わって、少し悲しそうに笑う少女は行ってらっしゃいませ。と言うと車内の奥へと消えてしまった。
深呼吸をして、降りると見たことの無い豪華な一軒家の前にいた。本当にここに、琴音がいるのだろうか。
怪しい気持ちのまま、敷地に入ると庭には花壇があり、色とりどりの花を咲かせていた。その他にも、小さめの畑もあり、トマトやキュウリなどを育てていた。
扉の前まで来ると、誰かに見られる訳でもないのに緊張してしまう。
手を伸ばし、ドアノブを握ろうとしたが透けた。よく見ると、足元のタイルが手を通して見えた。
それが、一気に死んでしまったという事実を突きつけてきたように感じた。
手が透けたということは、他ももしかしたら。そんな可能性を感じ、ドアに近ずいて行く。
通れた。全身がドアの向こうに入ったのだ。
まず、入って目に飛び込んできたのは、白く清潔感漂う広い玄関と上にあるキラキラと輝きを放っているシャンデリア。そして、女性ものの靴と、…男性の靴。
明らかに俺のではないし、こんなに高そうな靴を買える訳もなく。
じゃあ、誰の…ふと、嫌な予感がした。
その時、リビングから笑い声が聞こえた。
男ともう一人。これは、琴音…?いやでも、何かがちがう。 だって俺とすごした時の琴音の笑い方は、気品があっておしとやかで、かと言って大人しすぎない完璧な笑い方なんだ…でも今は、気品がない。
何があった。ここは1ヶ月後だろ。1ヶ月後…たった1ヶ月でこんなに変わってしまうのか?
死んでいるはずなのに、ドクドクと脈を打つ音が聞こえた。
それに合わせるかのように、俺の足もリビングへと進む。
これを進んだらダメだと理解しているのに、体はゆうことを聞かない。
そして扉を通ってしまった。声の発生源に視線を移動させると、そこにいた。琴音ともう一人男が。
二人はソファに座って、肩を寄せ合いテレビを見ている。
琴音は夢でも見ているかのように、頬を紅潮させ時折、男の方を見ては小さくため息をつく。
男は誰だ? 染めているのか茶色の髪をはやし、幸せそうにしている。
どこの誰か分かるものがないか、辺りを見回すと、壁際に棚がありそこに賞状やトロフィーが飾ってあった。
近づいてみると、名前のところに"隈野龍樹"とあった。
隈野…?隈野ってまさか…あの一流企業のか?
その企業は海外にも人気で、今や世界的な企業になっている。誰もが1度が聞いたことはあるだろう。その社長なのかこいつは。
「可哀想にね。でも君といられて幸せだよ、琴音」
「いえ、もういいんですよあの人は。龍樹さん、今が幸せならいいんです。」
「そうかい。まあ、邪魔者がいなくなったもんな。」
二人の愛を囁く声が、耳に届いた瞬間膝から崩れ落ちた。
邪魔者…俺か?
「は、はは。…あっははハハっ!!…なぁ、琴音ぇ。お前は、そんなやつだったのか?ハハっ」
何を思ったか自分でも分からずに、ただ笑いが込み上げてきた。
あの言動からして多分浮気。どうりで最近違和感があると思った。
なあ、お前の中の俺は、なんだった? なんのための俺だった?
ああそうだよ。俺には、働かなくてもいいような大金なんて持ってないし、顔立ちも良くない。
なら、なんで今まで一緒にいたんだよ。
「ああっ嫌いだっ全て嫌いだっ!!お前らも全て!!呪ってやる、死ね!!死ね!!!」
琴音を好きな俺はなんだった?なんのために愛していた? ふざけんなっ!!俺は、オレは、琴音がスキなんだよ。そして琴音もオレをスキで、アイしていなきゃならないんだよ!!!
オレは、自分が死んでいることも忘れて、目の前の龍樹という男に向かって走り出していた。
そして男を殴ろうとする直前、手からパラパラとオレの体から無くなっていく。
_時間だ。
「待ってくれッ!こいつを、っ!!死ねしねシネ死ねっしn___」
× × × × × ×
_最旅車の中に、窓の外をボーっと眺めていた少女がいた。少女はミルクティー色の髪を伸ばし、薄紫の時計が刻まれた目をしていた。
なにかを感じ取ったのか、窓の外から視線を外し、出入口の方を見た。
「あなたもですか。残念です。」
それだけ呟くと少女は運転席に行き、そこに置いてある通信機を手にとり告げた。
「田沼洸太さん、無になられました。これから、次の方をお送りします。」
そう言うと、客席の方へ行き乗客を見つけると目の前にたち、声をかける。
「何があったか、覚えてらっしゃいますか?」
今日も、最期の旅を提供する列車_最旅車は、乗客を案内する。
最旅車__fin
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