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山奥にある高校、そこには普通ではない者が集まる学校があった。空を飛び通学するハーピーの男性。全身が赤色の皮膚で覆われ角の生えた赤鬼の男女、鱗の皮膚をもったリザードマンの女性。私もその内の一人、馬の首から上が人間女性の上半身に置き変わったケンタウロス族だ。
私は幼き頃からこの学校に通っていた。小中高の一貫校となっているここで小学校時代からお世話になっている。
ここに通う者たちのほとんどは麓の村に昔から住んでいる者であったが、私は幼き頃母に手を引かれ人里からここに移り住んできたよそ者であった。今ではすっかり村になじんでいるが、当初は村の者となかなか馴染めず苦悩する母の姿をおぼろげながら覚えている。
父は私が記憶に残らないほど小さかった頃に他界し、母は女手一人で私を育ててくれた。そんな母は純粋な人間で、人間社会ではチョット有名な財閥のお嬢様だったらしい。母は私を生んでから家族と絶縁してまで私を育てていくと決めてくれた。そして都会での裕福な暮らしを捨て、私が通える学校がある田舎の山奥まで引っ越してきた。
母はとても厳しく、私に一般常識だけでなく無理矢理礼儀・作法を学ばされた、学問だけでなく弓道や剣道・茶道なども教え込まれた。弱音をいっさい言わない母だったが、時折父の遺影を不安と悲しさが混ざった顔で眺めていたことを私は知っている。
私が幼い頃から厳しく怖い母であったが、母の苦労を考えると自分の文句やわがままは小さいものだと思えた。そして今では厳しい母のおかげで今の私があると感謝している。
しかし今日。私は母に告白しなくてはならない、これは私にとっても相手にとっても重要なことだ。
私には現在お付き合いをさせて貰っている相手がいる。私と同じケンタウロス族で、生徒会長をしている私を慕って生徒会に入部してくれたかわいい後輩だ。問題となるのはその後輩が私と同姓である女性という点だ。
始めは男勝りな私とは違い柔らかな物腰で話をする彼女に尊敬や感謝の気持ちが出ることが多く、彼女と目が合う事は多かった事は覚えている。
しかしその目が愛情を含んでいることに私は気づいていなかった。恋というものを考えてこなかった私にとって同姓者の愛など気づく余地もなかった。
いつしか自然に仲良くなり、そして相手からの告白によりようやく彼女の愛情に気づくことが出来た。その頃には彼女の気持ちを無下にすることなど出来るわけもなく、長くの付き合いから私も友情とは別の愛を知ることが出来ていた。同姓同士の密かな恋は続いた。端から見れば仲の良い先輩後輩であるが私たちにとっては隣同士を歩くパートナーであった。ずっとこのように密かな恋を続けていくのも良いと考えていた頃、村から彼女へお見合いの話しが飛び出した。相手は別の村にいるケンタウロス族であり、そこにはお見合い写真と彼女へ向けた愛のメッセージが添えられていた。
当然彼女は断ったが、その理由を言い出すことは出来なかった。このままではまた彼女にお見合いの話しが届き、との度に彼女が断る辛さを味わうことになる。そう思ったとき私はこの関係を公にすると決めたのだ。
母は私と彼女にお茶を出してくれた。母はまだ仲の良い同姓の後輩が遊びに来てくれた程度と思っているだろう。
「実は・・・」
私は決心して切り出す、母ならば強い否定や怒りを示す事が容易に想像できる。その時は二人で駆け落ちしても良い、そんな身を切るような告白だ。
「実は、私はこの子と。彼女と真剣な付き合いをしているんだ。子供が作れない非生産的な恋で、周りから理解されない事であるとも重々承知している。でも、母さんには知ってて欲しと思ったんだ。私たちが遊びではなく、どれほど本気で恋をしているかという事を・・・」
母ならば怒号を飛ばしてくる、そう思っていた私は思わず目を強く閉じてしまった。しかし怒号は聞こえず、代わりに聞こえてきたのは静かに席を立つ音だった。
母は父の遺影を手に取り見つめる。そして静かに言うのだった。
「やっぱり私たちの子なのね。間違いが起きないように厳しく育ててきたつもりだったけど、普通の恋が出来ない所なんて本当にソックリ・・・」
母は涙を流しながら、美しい栗毛をなびかせながら走る馬の写真を見続けた。
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