第1話_初夏、小社にて

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「お待たせ~」 しばらく自主練していると、道着に着替えた葉月(ハヅキ)がゆるい感じで入場し、先客の親子連れたちも交えて揃っての指導が始まる。やがて導入が終わると親は親同士、子は子同士で組み手してもらい、葉月は彼らを指導しつつ蒼矢(ソウヤ)と組み手を始めた。 色々理由があって、蒼矢は通い始めた時から葉月直々に組んでもらうことが多かった。 理由の最たるは、同じ年頃からその上の年齢層あたりまでの男生徒たちが彼と組みたがらない(・・・・・・・)というものだった。困った葉月が何人かに直接頼んだこともあったが、口を揃えて「気が散って出来ない」と断られてしまった。 理由は蒼矢のその容姿にあった。 二十歳を前にした今でこそ間違えられることはほぼなくなったが、通い始めた当時高校一年生の蒼矢は、喋りださなければ女子にしか見えないほど可愛らしく、その美麗な容貌と小柄で白く華奢な手足に、男たちが意識し過ぎてしまうのだ。 また、とある理由(・・・・・)で男性が道着の下にあまり身に着けることのないインナーを着込んでいることが、更に余計な邪念を生ませてしまっていた。 一度意を決して受け身役を買って出た漢気ある大学生が、蒼矢の胸元から視線を外すことができず、シャワー室へ駆けこんでそのまま滝行を始めてしまうという騒動が起きたこともあった。 かといって女生徒たちと組ませるという訳にもいかないため、蒼矢へは葉月が相手をする流れになった。 他生徒たちへの指導の合間を縫ってになるため、どうしても基礎トレーニングや自主練だけになりがちだったが、そういった自分にまつわる裏事情を知らなくても蒼矢は素直に従い、身体づくりに励んでいった。彼としても、指導者であると同時に気心も知れている葉月に付いてもらった方が安全かつリラックスして取り組めるので、結果誰も犠牲にならない措置であったと言えるだろう。
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