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烈と、会話に出てきた影斗――宮島 影斗は共にバイク乗りで、ふたりでたまに地方へツーリングに出かけている。
烈のツーリング歴はまだ浅いが、行く先々で影斗の紹介を受けたバイク仲間や、自分でも現地で出会ったバイク乗りと声をかけ合って仲良くなったりと、順調に交友の幅を広げている。
だいたいは日帰りらしいのだが、今回はじっくり遊ぶのにいい季節ということで、彼らで一泊する計画を立てたようだ。
「あ、あと"蒼矢はどこかで必ず影斗のバイクの後ろに乗ること!"って。影斗から伝言」
「…了解」
あっけらかんと言ってみせる烈へじとっと視線を送り、ため息まじりに蒼矢は了承した。
「陽は? 連れていかないの?」
「あとでぶぅぶぅ言われても面倒なんで、誘いますよ。葉月さんの車に乗せてやって下さい」
「うん、了解」
「そういえば…風呂はどうするんだ?」
「…そうだね、その問題があったよね。部屋風呂とかないのかな?」
ホテルの施設案内へ目を通していた蒼矢が烈へ顔をあげ、葉月もあぁと気付いて画面へ視線を落とした。
一泊するとなれば、泊まり先で風呂に入る…つまり、裸を晒すタイミングが必ずある。共用の大浴場しかないとすれば、余所の人間に先述の『刻印』を見られる可能性があるし、そもそもホテル側に利用を断られるかもしれない。
「その辺も大丈夫! 影斗が時間貸切にできる風呂場のあるホテル取ったんで。大浴場よりは狭いけど、ひと家族入れるくらいの広さはあるみたいっす」
『刻印』を心配する二人だったが、烈は画面を指差しながら得意気に笑ってみせた。
「そっか、なら安心だ」
「さすが影斗先輩…ぬかりないな」
納得したところで、三人の頭は再び小さなスマホ画面に集まった。
「泊まる部屋はどんな感じ?」
「えーっと、どのタイプだっけな…」
久々の揃っての小旅行に、逸る気持ちをおさえきれない男たちの会話は弾んでいった。
葉月家からの帰り道、烈と蒼矢はバイクに乗って家路へつく。
家が近所で同い年の二人は約15年来の幼馴染で、足のない蒼矢は何か出掛ける用があれば、烈のバイクの後ろに乗せてもらっている。実家で働く烈と大学生である蒼矢の生活時間帯があまり合わないため、今ではめっきりその回数を減らしたが、お互い乗り慣れた風に軽快に走らせていく。
蒼矢の家に着くと、烈は彼からヘルメットを受け取る。
「――じゃ、土曜宜しくな!」
「ああ」
エンジンをふかしてバイザーを閉めかけた烈は、そうだと気付いて家の門を開ける蒼矢を呼び止めた。
「あとさ、水着買っとけよ? お前持ってねぇだろ」
「…えぇ…?」
「なんて顔してんだよ。伊豆っつったら海だろ、当然泳ぐだろよ」
「俺はいいよ…」
「駄目。お前周りに海パン連中しかいない海岸でいつもの格好するつもりか? ちゃんと水着にビーサンに、パーカーくらい用意しとけよ」
「…考えとく」
「おう、頼むな!」
浮かない返答をする蒼矢に軽く頷くと、烈はバイザーを閉め再びエンジンをふかし直し、さっそうと交差点の先へ消えていった。
小さくなっていく烈の背中を目で追い、姿が見えなくなると蒼矢はその場で大きくため息をついた。
「…水着か…」
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