ササヤカな栞

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もう、忘れてしまったかな。 小指を絡めて結んだ運命の赤い糸。 目を覚ますと見慣れた天井。 ゴロンと転がると部屋の隅にいる あおすけの垂れ目と目が合う。 巨大なぬいぐるみの存在は 私の中にいる元カレへの思いと同じで 捨てようとしても捨てられず 私の世界から消えてくれない。 目を逸らすようにもう一度転がる。 ドスンっ。 「実結、何やってんの(笑)」 ベッドから落ちた直後に母が部屋のドアを開けた。 「寝ぼけて落ちただけ……」 「三十過ぎて怪我すると大怪我になるわよ」 「気を付けます」 「ちょっとクローゼットの整理手伝って」 「あ、はいはい」 父が亡くなって数年が経つ。 母はまだ残してある遺品の整理を始めた。 「この写真、どうするの?」 「……処分するよ」 元カレと撮ったウェディング写真。 撮影する時には結婚できないとわかってたけど 病床の父を安心させたかった。 騙したこと、空の上で怒ってるかな。 今も私が独りのままなのは 神様の前で誓いのない結婚ごっこを 楽しんだせいだろうか。 「あら、お父さんが大事にしまってたのね」 「何?」 「実結が小さい時に初めて見つけた四葉のクローバー」 「え、そんなのあるの?」 「指に巻いて大事にしてたからしおりにしたのよ」 「へぇ」 母が私にラミネート加工されたしおりを渡した。 「小夜が生まれる前、大阪に住んでた時期があるでしょ」 「全然覚えてないよ」 妹がまだ存在していなかった時の記憶なんて 写真でしか残っていない。 「家の近くに結婚式場があって、その向かいの公園でよく花冠を作ってたのよ」 「そうなんだ」 「ハーフみたいな可愛い女の子がいてね。実結はその子と結婚するって言ってたわよ(笑)」 「何それ(笑)」 「お似合いだったのよ。写真残ってないかしら」 母が古いアルバムをめくる。 「ああ、ほら。この子」 横から覗き込む。 フランス人形みたいな可愛い女の子と モンチッチみたいな日焼けした男の子。 「ん?これ……は、私?!」 日に焼けた半袖半ズボンの男の子の顔に わずかに自分の面影がある。 「そうよ(笑)。当時イトコのお兄ちゃんたちと一緒に住んでたから男の子みたいになっちゃって(笑)」 「そうだっけ?!」 「自分のこと“ボク”って呼んでたのよ」 「えー、やだぁ(笑)」 しおりの中の四つ葉のクローバーは 写真と同じように少し色褪せていた。
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