ササヤカな栞

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ねぇ、覚えてる? 真昼の月に唱えた呪文。 「ノリちゃん、お月さま!」 真っ青な空に浮かぶ白い月を指差した。 「うん」 「待ち合わせしたから大丈夫だよ」 「うん」 ボクは今にも泣きそうな ノリちゃんの小さな頭を撫でた。 「さみしくなったら呪文をとなえて」 「じゅもん?」 「寂しいや痛いのをなおす魔法の言葉のこと」 「ふぅん」 ノリちゃんは興味なさそうに 噴水の前に転がる小石を蹴った。 「アブラカタブラ~、いたいのいたいのとんでけ~」 「どこもいたくない」 「アブラカタブラ~、さみしいのとんでけ~」 「うん」 ノリちゃんはつまらなさそうに 水しぶきに映る虹に手を伸ばしていた。 「ボクもう行かなくちゃ」 「……ノリちゃんのほかとは結婚したらだめ」 「えっ?」 「ほかと結婚したらいやだ」 「わかった。しない」 「あぶらかたぶら~、ほかのとんでけ~」 ノリちゃんはボクのおでこを擦って 真昼の月に呪文を飛ばした。 満足したように微笑む。 茶色い瞳は宝石みたいだ。 近付いてきた母が「そろそろ行くよ」と ボクの手を握った。 「実結と仲良くしてくれてありがとうね」 母の言葉にノリちゃんは悲しそうな顔をした。 「じゃあ、サヨウナラして」 母の言葉にボクも泣きそうな顔をした。 無言で手を振る。 おばあちゃんが来てノリちゃんの手を引く。 ボクが「またね」と言ったら ノリちゃんが「あぶらかたぶら~」と答えた。 最後に唱えた呪文は風に消えた。 どんな魔法の言葉だったのか ボクには聞こえなかった。
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