ササヤカな栞

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もう、忘れてしまったかな。 月の引力よりも強い魔法。 秋晴れ。 空は澄みきっていている。 綺麗な芝生を遠く囲うような緑の並木。 雲の代わりに白い月が浮かんでいる。 池の噴水はしぶきで陽の光を虹に変えていた。 古城を模したチャペルの控え室で 花嫁とのご対面。 「綺麗だね、アイコ」 ショート丈プリンスラインのウェディングドレス。 「実結も人魚姫みたいだよ」 淡いエメラルドのマーメイドドレス。 アイコは私にもヘアメイクを用意してくれた。 鏡に映る自分が別人みたいだ。 「新郎には入場の時に初めてウェディングドレス見せるんだよね」 「ファーストミートのためにドレスの試着は一人でやって来たからね」 「つーくん感動して泣いちゃうんじゃない?」 「だよね。早めにやってメイク直ししようかな(笑)」 カーテンの隙間から窓の外を見ると もうゲストは殆ど揃っていた。 うう、緊張してきた。 噴水の前で司会のお姉さんと アッシャーらしき男の人が話をしている。 先に挨拶をしておきたかったけど もうすぐ式が始まってしまう。 アイコが私の肩をポンと叩いた。 「実結に私からのプレゼントがあるの」 「えっ、何?」 「腕に着けるリストブーケなんだけど」 「うん」 「アッシャーに預けてるから、入場したら宣誓台の前で手首に着けてもらって」 「わかった。ありがとう」 アイコの演出は何から何まで こだわりがあって外国の結婚式みたいだ。 「実結、そろそろ行こっか」 白い花とグリーンの花冠が揺れる。 ドアを開けて外に出た。 優しい秋の風が頬を撫でる。 新郎がバージンロードの前に 後ろ向きで立っている。 「新婦アイコさんがやって来ました!」 司会のお姉さんの言葉に 沢山のゲストが一斉に振り返った。 ざわめき。 私がゲストの最後列へと移動すると アイコは新郎と背中合わせに立った。 「お互いに初めて晴れの姿をご覧になります。皆さん、せーの!の掛け声をお願いしまーす!」 司会のお姉さんが合図をした。 「「「せーの!!!」」」 青空に届きそうな声に新郎新婦が互いを振り返る。 顔を合わせて照れて見つめ合った後。 「綺麗だ」と号泣している新郎を 涙目で笑って見守るアイコが可愛くて 歓声と笑顔が広がる。 胸がいっぱいでもらい泣きしてしまいそう。 「では、ブライズメイドが入場します」 噴水に向かってバージンロードを歩く。 気持ちゆっくりめに堂々と。 宣誓台の前で止まる。 ここで先に待っているアッシャーから リストブーケを受け取るんだよね。 横に立っている人の方へ体を向けた。 差し出した私の左手にアッシャーが手を添えた。 仏頂面の茶色い瞳と目が合う。 「「……えっ?」」 同時に声を上げた。 「のっ、あっ、えっ、ええ?!」と 動揺する私の手首にリストブーケを巻き付けた。 「実結が何でここにおんねん」 握った手は繋がれたままで。 「の、紀樹こそ……、どうして」 彼が照れたように笑う。 付き合う前も、付き合った後も この笑顔が大好きだった。 「髪、切ったんやな」 シロツメクサとクローバーのリストブーケ。 「似合う?」 四つ葉のクローバーはあるんだろうか。 「うん。前よりずっと綺麗やな」 優しい瞳に胸が高鳴る。 「でも、長い髪のが好きなんでしょ?」 今も私の心を簡単にさらってく。 「バレてるやん(笑)」 笑顔の数だけ時が戻る気がした。 「もう会えないと思ってた……」 「そうやな」 涙の数だけ心が戻る気がした。 左手首に視線と涙を落とす。 クローバーが風に揺れていた。
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