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内弁慶
座椅子に深く尻を沈め、折りたたみの机に足を乗せる。
机上に置いた、2リットルのペットボトルにハエが止まった。
小豆ほど大きくなく、けれども米粒ほど小さくない。まだ子ども。黒いいつものヤツ。ソイツが慌ただしくえっちらほっちら歩いてやがる。
ちょこまかと手足を動かし、自分が降り立った地べたを確認してやがる。
私は左足を机上から浮かし、つま先を伸ばしてペットボトルへと優しい、触れるような一蹴りをいれる。
中に残った緑茶の境目が揺れる。揺れがおさまる前にハエは逃げだして姿をくらました。
殺虫スプレーは手元になく、何処にしまったのか。はたまた買っていたのだろうか。私は考えることも気怠くなり浮いた左足を机上に下ろした。
暫くして机上に、組んだ左足のつま先が指す方へハエが机の縁から顔を出す。
「オマエのネガいをカナエてヤロウ」
「エエー、いいんですかベルゼブブさん!」
よく知りもしない悪魔の声を当て、喜ぶ左足と一人二役。つま先を上下に揺らせば揺れを止める前にハエは何処かへ飛たった。
気怠げで何もしたくないが、何か持て余したような微かな興奮が私の心中の世界でしぶとく燃えている。
今にも消えかかりそうでなかなか消えない小さな火が、煩わしく燃えている。
それでも動くのが億劫で何もしたくない。鎮火するにはまだ時間が掛かりそうだ。でも動きたくない。
やるべき課題は探せばいくらでもあろう。でも何も考えたくない。頭が働かない。真っ白というより、無。頭に入ってこない。
自分はバカだからと脳が卑屈になってはぶて、意固地に働こうとしない。
重ったるい、湿った溜息がでた。火が消えかかり、煙が吹き飛んだように少し軽くなった気がした。
重ったるいからといって別に重い出来事があったわけではない。勘違いしないでほしい。
プラットフォームで鈍行を待っていた際、連絡先を消した相手に久方ぶりだと笑顔で話しかけられただけだ。気にしないでくれ。
また連絡するわと手を振られただけだ。気にしないでくれ。
私と違う車両へと、ソイツが連れ達と入っただけだ。気にしないでくれ。
些細なことで不安がる性分なだけだ。気にしないでくれ。人をハエと思えない性格なだけだ。気にしないでくれ。
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