おかあさんのうた

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 彼女にとって、母の思い出といえば、母が歌っていた子守唄で、優しい調子で紡がれる静かなこの異国の歌は、何よりも一番記憶に残っている。だから、この歌は彼女にとっての母の象徴であるのだと、彼女はそう語った。 「物心ついた時には父はいなくて、私は母と二人きりで生きてきました。貧しい家で、テレビもラジオも、絵本の一冊すら置いていなかったので、母の歌を聞くのが何よりの娯楽だったのです」  せがめば他の、誰もがよく知るような童謡なども歌ってくれたそうだが、基本的に彼女の母が歌うのは、件の子守唄だった。その歌を聴きながら母に頭を撫でられ眠りにつく時間が、彼女はいっとう好きだったらしい。 「幼い頃からずっと聞き続けていたからか、この歌がなんという曲名なのか、疑問に思うこともありませんでした。だから、母にそれを尋ねるようなこともなく、そして、私が中学に上がる前に母は病で亡くなってしまったため、この歌の名前は勿論、どこの国の言葉で、どんな意味の歌詞なのかすら、知らないままです」  それでも、この歌を歌うと優しかった母をありありと思い出せて、辛いことや悲しいことがあっても、母に応援されているような、母がすぐそこにいてくれるような気がして、元気が湧いてくるのだという。  そしてそれ以外のときにも、この歌を口ずさむだけで、今は亡き母と繋がっているように思えるため、彼女は子守唄をついつい歌ってしまうのだと言った。
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