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「ねえ、覚えてる?」
ある日の夜の事だった。俺の部屋にやってきた彼女、櫻木麻衣がそんな質問をしてきたのは。
彼女の視線は、現在彼女がやっているテレビゲーム、「デーモンコレクト」の画面に向いている。
ベッドの上で雑誌を読んでいた俺は、その画面に目をやると、ああ、そういう事かと思いつつ。
「ああ、覚えてるよ」
そう答えた。
◇
俺には前世の記憶がある。産まれた時には朧気で、だんだんとはっきりとしていくその記憶に、小学校や中学校の時代は苦労した物だ。
前世の記憶。それは、勇者として世界を救い、大魔王として世界を滅ぼそうとした記憶。
前世の世界は、今の世界よりかなり技術は遅れていて、今の世界には無い法則の魔法が存在する世界で、魔力を帯びた獣、魔獣がいて……まあ、皆が必死で生きなければならない世界だった。
そんな世界に生まれ落ちた俺。神のいたずらか、あるいは悪魔の気まぐれか。俺は産まれた時から勇者という称号を得る運命だったという。
妖精という種族と共に過ごし、俺自身も妖精だと信じて疑わなかった幼少期。その時に齧った木の実の味は、生涯忘れないくらいに美味しかったし、生まれ変わった今も、忘れてはいない。
だが、そんな穏やかな幼少期は長く続かなかった。魔王の軍勢が、妖精の里の長老に呪いをかけ方のだ。
俺と、当時の俺の大親友だった妖精であるヒヒラは長老に呼ばれてこう告げられた。
「ルーカ。君は妖精ではない、人間という種族なのだ」
「……っえ」
「これも、運命かもしれないな。ルーカよ、私はもう助からん。もうすぐ魔獣と化すだろう……頼む。魔獣と化した私を、皆を傷つける前に、討伐してくれ」
「で、でも。僕に力何て」
「あるさ。君が本当に運命の若者なら、自然と闘い方が浮かぶはず……ヒヒラ。ルーカを頼んだぞ」
「はい、長老様……ルーカ。こっち来て」
「う、うん」
ヒヒラに連れられ、妖精の里の聖域へと向かう。そこでは、決して触れてはならないとされていた剣が光を放っていた。
「この剣は、妖精族に伝わる勇者の剣。君が勇者たりえるなら使えるはず」
「僕が、この剣で……よし」
俺は剣を引き抜いた。すると剣は、当時の俺に使いやすい長さに変化した。
そして、魔獣となった長老を……討伐しに向かった。
魔獣と化した長老が、里の妖精たちを次々と殺していた。ミーム、サッチ、ココルオ……俺の友達が、殺されていた。
俺は、急ぎ長老を討伐した。その体を貫いた手応え……それは酷いものだった。生まれ変わった今でさえ、思い出そうとすると吐き気がするほどに気持ち悪い感覚だった。
今まで育ててくれた恩のある長老を、この手で永遠の闇へ葬ったのだ。気分がいいわけがない。
だが、俺の運命は止まらなかった。
妖精の里を出た俺は、王都で魔王に苦心する王から、魔獣を討伐し、人々の希望となってくれと言われた。
そのまま、少年から青年へ変わる間に、長い旅と、厳しい戦いを経験した。
辺境で王を自称する狂人とその配下を討伐した。奴は決して王ではなく、行動は全て狂っていた。だが、たった一人の娘を愛していた。奴を切り裂いた時、その姿を奴の娘に見られ、一言。
「化け物」
そう罵られた。その後、奴の娘、エリリアとは長い因縁の縁で結ばれてしまった。
砂漠で古の神殿の内部に巣食う魔獣を討伐した。その魔獣は実は、砂漠の街で水を奢ってくれた、俺を友人と言ってくれた人が魔王の魔法で変化したモノだった。
とある村を荒らす野盗を皆殺しにした。奴らの一人が死に際呟いた名前。それは、王都の酒場で必死に働いている少女の名だった。
無人島に、二人流された。その一人は家族がいて、俺に親身になってくれた船の船長。彼は、俺に食料と水を残し、島にいた魔獣に食われた。
鏡の宮殿を突破し、魔王の城への道が開けた。その鏡の宮殿奥、真実の鏡という物に映った俺の後ろには、数知れない、涙を流す死体が転がっていた。
魔王を、討伐した。魔王は、王の息子であり、魔の魔法に魅入られていたらしい。
王に、殺す必要はなかった。そう告げられ、捕らえられた。
牢屋で、考える……俺は勇者だった。行動は勇者だったはずだ。だが、全て裏目だった。
妖精の里で手に入れた剣は黒ずみ、怨念の涙で汚れ果てていた。
そして、城の内部に侵入して、俺に会いに来てくれたるヒヒラにさえ目を背けられ……もう、全てがどうでもよくなった。
その後、俺は狂った。処刑場に行くために、牢屋から出された瞬間から、狂ったように王城の人間を、王都の人間を殺しまくった。
ただ一人、血濡れの王城に座る俺に、どこかからか悪魔が囁く。
全てに復讐し、全てを滅ぼせ。
その声に、俺は従った。
◇
そして大魔王となった俺は、かつて守ったもの、守りたかったものを滅ぼしていく。
そんな俺に対抗するのは、かつての辺境の狂人の娘、エリリア。
エリリアは俺のはなった刺客、罠、全てをぶち壊し、俺の前までやってきた。
絶望に沈む人々からの、俺が奪った希望を取り戻してくれという願いを背負い。
彼女自身、様々な出会いと別れで成長して。
彼女は、勇者として謙遜ない存在となっていた。
「久しぶり、化け物」
「挨拶の仕方がなってないな。狂人の娘」
交わす言葉も少なく、俺とエリリアは殺し合った。殺し合って、殺し合って……俺は、敗れた。
かつての聖剣は彼女の手に渡り、その輝きを取り戻した。
その剣は俺の胸を貫き、世界は、救われたのだろう。
俺という大魔王は、勇者に敗れた。
「これで終りよ、化け物」
「……は、っはは」
俺は、笑いながら終わりの時を迎えようとした。最後に、彼女に最大級の呪いをかけて。
「覚えているがいい、エリリア……俺は、お前に呪いをかけた……何度でも、俺が、お前の前に現れるという呪いをな……輪廻しようと、魂にかかったこの呪いはとけない……来世で、お前を必ず……必ず……」
◇
そして、俺は「俺」になった。櫻木麻衣。それが今の俺の名前。
今付き合っている彼が、輪廻したエリリア、今は山本雄太だ。
裕太は、雑誌を置き、ベッドに座る。
「で、どうするんだ? 確かに、俺も覚えてるよ。でも驚いたよな。俺たちのあの戦いとかが、ゲームになってるんだもんな」
「うん、俺も驚いてる。俺の過去も、未来も、このゲームの中身になっちゃってる」
正直、複雑な心境だ。私の過去が娯楽品になってるのだから。
でも、俺の過去。ルーカという一人の存在の物語を、彼に知ってもらえた。それだけは、感謝したい気もする。
「……謝るのは、違うと思うけどよ」
そう言って、彼は俺を後ろから抱きしめてきた。
「よく頑張ったな。前世の麻衣は。それも知らず、知ろうともせず、俺は、お前を殺した」
「別に、前世の話だよ。それに、当時の俺もあなたのお父さんを殺した……お相子だって言うのは違うかもだけど……お相子だよ」
少しの間、沈黙の時間ができる。俺も、彼も、前世について、冷静にとらえようとしている。
さて、でも……あの呪いについては、どうしようか。
「でもよ、その口調。前々から疑問だったんだが……俺っ娘なところは前世の記憶に引っ張られてるのか?」
「多分ね……で、どうする?」
「どうするって言ったって……俺も、麻衣も、今は殺し合うような因縁なんてねぇしよ……言うなら、前世の麻衣に感謝だ、こうして、麻衣に出会えたんだからよ」
「俺も。あの呪いをかけた時は、来世のエリリアを殺してやろうと思っていたんだけど……今更。そんな気分じゃないし」
そして、俺と、彼は向き合った。
「多分……来世も出会えるんだよな、俺ら」
「多分。あの呪い、結構強かったし」
「じゃあ、俺は、来世も、来世も来世も、お前を幸せにする。それが、前世で、俺がお前の何も知らずに殺した償いだ」
「嫌だ」
「え?」
「償いなんかいらない。ただ、俺を、麻衣を幸せにしたいからって言ってよ」
「わ、悪い」
「これで因縁ポイント、1ね。1000溜まったら復讐するから」
「な、何馬鹿なこと言ってやがる」
「あはは。こう言う感じでいいんだよ。今の俺たち」
「……そうだな」
そう言いながら。俺は、裕太と共に、対戦ゲームをするためにカセットを変えた。
前世からの因縁? 馬鹿らしい……そう思えるくらいには、今の人生が楽しい。
だから、この縁が、来世も、同じでありますように。
この想いが、来世も同じよう続きますように……
◇
ごぼり、ごぼり。
悪意が蠢く。悲鳴が轟く。滅びを求める声が響く。
勇者と大魔王の物語は終わった。
今のあの二人が世界を壊す事は無いのだろう。
だが、私は消えていない。
勇者エリリアの父親を狂わせ
勇者ルーカに悪意を囁いた私は消えていない。
さて、せいぜい「今世」は平穏に過ごすがいい……
来世のお前たちに平穏があるかは知らないが。
窓の外で、そうカラスが鳴いて、事切れた。
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