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遠回りの恋
コーヒーショップを出た後、私たちは海へ向かった。
圭一くんが「海を見ながら歩きませんか」と提案してくれたのだ。彼が言うには、駅から見えるリゾートホテルの脇に、海沿いに歩ける道があるらしい。
駅から十分ほど歩くと、彼が言った通り、堤防沿いの遊歩道に出た。
「わあ……。海が眩しいね」
西に傾いた夏の太陽が水面を照らし、海は銀色に揺らめいている。
「すみません。暑かったですね」
「ううん。風が吹いてるし、気持ち良いよ」
少しベタッとした潮風が、歩道に立ち並ぶヤシの木の葉を揺らす。巻いてきた毛先は宙に舞い、ワンピースの裾は絶え間なくハタハタとなびく。
「風、ちょっと強いけどね」
でも、とても心地良かった。
ふと隣りを向くと、彼がこちらを見つめていた。そのくりっとした綺麗な瞳と、視線が重なる。
途端に、彼はフイと下を向く。なぜだか、私も恥ずかしくなってしまった。
彼の様子の変化に、私は少し戸惑っていた。
コーヒーショップにいた時は明るく話していたのに、また静かになったな……。
会話が少ないまましばらく歩くと、テーマパークの建物が見えてきた。私は思わず、歓声をあげる。
「わあ。ここからだと、こんなふうに見えるんだね。すごい!」
「はい。茜さん、このテーマパーク大好きですもんね」
「あ、それも知ってたんだ?」
「えっと……、SNS見て」
「じゃあ、舞浜を選んだのも……?」
「茜さん、喜ぶかな……って。いきなりテーマパークはさすがにハードル高いので、周辺でゆっくりするのもありかなと思って……」
……この人は、どこまで私のことを考えてくれていたのだろう。
彼の行きたい場所じゃなかった。今日行った場所、食べたもの、全て私の————。
「ちょっと休もっか」
東京湾を見渡せるベンチを見つけ、ひと息つく。
テーマパークは何度も行ったことがあるけれど、こんな場所があるのは知らなかった。
「……昨夜のつぶやきね、すぐ消したのは、恥ずかしくなったからなの。こんなこと書き込んでる自分が恥ずかしいなーって」
隣りに座る圭一くんが、真剣に耳を傾けてくれているのが伝わってくる。
あんなに恥ずかしかった出来事も、今は、彼になら話せると思った。彼が隣りにいてくれることが、なんだか不思議なくらいに安心できた。
「……ちょっと、落ち込んでたんだ。色々上手くいかなくて、疲れちゃって、『私のこと誰か好きになってくれないかな』……なんてね。浅はかだなあって思う。でも、こうやって海を見て、潮風の匂いとか感じてたら、自分の悩んでることなんてくだらないなーって思えたよ」
誰かに好かれたいとか、寂しいから彼氏が欲しいとか、小さい世界でもがく自分が子供に思えた。
この二年間、元彼を見返してやりたくて、必死に自分を飾って、肩に力が入り過ぎていたのかもしれない。
「そう思えたのも、こんな景色が見られたことも全部、圭一くんのおかげだよ。今日、楽しかった。ありがとう」
私が笑いかけると、それまで黙っていた彼が口を開いた。
「…………ずっと、知ってたんです。茜さんのこと」
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