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彼は驚いたように私を見た後、また俯いてしまった。
「圭一くん……?」
恐る恐る顔を覗き込むと、その瞳が静かに揺らめいている。
「圭一くんも、泣いてる……?」
「……泣いてないです」
「ええー、本当?」
すると、彼も立ち上がった。目線の高さが同じくらいになる。
「探しもの」
その指が、彼自身の胸を指す。
「ここに、ありますよ」
そして、無邪気な笑顔を見せる。
「受け取ってくれますか?」
いつの間にか、空が夕焼け色に染まっている。潮風がふたりを、優しく包む。
私は愛しい人を見つめ、微笑みながら頷いた。
「よろしくお願いします」
その瞳が、仔犬のようにキラキラと輝き出す。
「あー……。もう」
彼は顔を両手で覆いながら、心の声を漏らす。
「夢かなあ、これ」
思わずクスリと笑って、私が答える。
「夢じゃないよ」
彼は顔を覆ったままだ。
「一年以上ずっと、遠くから見てるだけだったのに。『今日だけ』って意味じゃないですよね?」
「あはは、違う違う」
「じゃあ……、僕は茜さんの……」
「『彼氏』」
「ええー……。嘘だああ……」
「いやいや、告白してきたのは君でしょうが」
「だって信じられないです……。僕が茜さんの彼氏なんて……」
私は彼の手を顔から引き剥がして、ギュッと握る。
「ほら」
繋がれた手を見て、彼の顔がたちまち赤くなっていく。
「ええー……。嘘だああ……。マジかああ……」
「圭一くん、キャラおかしくなってない? 私たち、付き合うんだよね?」
「そう……なんですけど」
私はため息をついた後、圭一くんの腕をグイと引き寄せる。
「えっ」
少し背伸びして、その唇に想いを乗せる。
「……これで、いい?」
固まっている彼の顔が夕日に照らされ、更に真っ赤に見える。
「あっ、ねえ見て! すごく綺麗!」
私は、目の前の海を指差す。
オレンジ色に揺れる水面の向こう、遥か遠くに東京ゲートブリッジの美しいシルエットが浮かぶ。その上には、黄金色の光に包まれた空と雲が、どこまでも広がる。
夕暮れ時でよかった。
今の私の顔色を隠してくれるから。
「帰ろっか」
笑顔で振り返った瞬間、彼の手が肩に触れ、その前髪が私の額にかかる。
もう一度、唇が重なる。
呆然とする私からゆっくりと顔を離し、彼はそのままぎゅっと抱きしめる。
「……夢じゃ、ないね…………」
そして、私を見つめて、眩しいくらいに笑う。
「茜さん、好き」
探しものは、意外と足元にあるのかもしれない。「近くにあるわけがない」と私たちは思い込んで、つい遠くばかり見てしまうけれど。
大切なものほど、きっと近くにある。
それならば、近くのものほど大切にしたい。
「……あれ。茜さん、どうかしましたか……?」
「……胸が…………」
「むっ、胸!? 痛いんですか?」
「ちが……。ごめ、気にしないで……」
「いや、気になります……っ」
きっとそれが、宝物に出会える近道だから。
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