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【三章】協力者と情報 ―コピー側―
「ボクは君と同じA組で生徒会委員の巴朱音。よろしくね」
『あ、えーと。よろしく。沙籐杞玲っす』
庭園を抜けて校舎の入り口に着くと、言われた通り巴朱音が居た。少し日に焼けた肌に肩まである髪に大きなリボンが付いている。スカートを翻しながら、実羅についてきた黒猫を見る。
「あれ? その黒猫君どうしたの?」
『え。あ、さっき庭園を通ったときにワンマ……いやいや、えっと、蔓に襲われていて……』
「あの庭園を通ってきたの? あそこは触手に憧れた生徒が魔法で作り出した種を植えてしまって。ちょっとした問題になったところで、たしか先生抜きの生徒一人で入ることは、生徒会で禁止しているはずなんだけど……会長は、言わなかったみたいね」
『……ははは』
(あのヤロー! ぶっ殺す!)
実羅は、うさんくさい笑顔を浮かべた生徒会長を思い出しながら毒づいた。
あの庭園で杞玲は実羅に杞玲として学校に潜入することを命じた。もちろん、杞玲の姿に実羅が入っている状態の出来ればこの学校のブレザー姿で。そのままの杞玲の性格もコピーして、学校生活を勝手におくってもらっても良かったが、その場合、実羅は簡単な位置情報とコピー目線の断片的な映像しか把握できず、学校内の調査にむかない。今回は、調査に重きを置いた結果、実羅自身が杞玲として学園内を調査することになった。因みに実羅自身が杞玲のコピーとして動いている時は鏡に実羅は不在の状態になるためコピー能力は使えない。
そうやってフリーになった杞玲自身は、裏で学園の調査や魔法の調査に費やすのだった。
※
黒猫と玄関で分かれてから、校舎に入る。校舎内はまだ早い時間だからなのか、人気は無く静かだった。そこに二人の足音が廊下に響く。
「でも沙籐君がクラスに来たら、絶対クラスの女子は発狂するわね」
『は?』
「サラサラの赤茶っぽい髪に整った顔立ち。着痩せしているように見えるけど、ちゃんと筋肉があるし、背も高い。いわゆるイケメンね。前の学校でも大変だったんじゃない?」
『え、えっと……』
(そういえば、前は、杞玲自身が学校に居たから、そういうことは知らねえな。なんて返せば良いんだよ! てか、女と話す機会なんてないから、何話せば良いんだよ! はっ! まさか、アイツ、こういうのが面倒くさいから俺に来させたのか!)
実羅がいろいろ考えながら、唸っていると返答に困っていると察した朱音は話を切り上げた。
「そんなに困るなんて思わなくて、ええと。ごめんなさい」
『えっ。いや。えーーと、ああ』
二人の間に沈黙が降りる。実に居心地悪い。咳払いをした朱音は、案内を続けた。
「ええと、案内を続けるね。会長から聞いているかも知れないけど、この校舎の右側は寮があって、校舎の左側にグラウンドと体育館があるの。校舎裏は崖になっていて、登って学園から出ることは不可能。校舎内は一階が私たち一年生のクラスと実験室や美術室などがあるわ。二階には職員室と二年生、三年生のクラスがあって、ボクたちが行くのも二階。まずは職員室に行って、担任の先生と話そうか」
施設の案内をされながら二階の廊下を歩いていると、職員室近くで走り込んでくる生徒が居た。金髪の男にしては少し長い髪を振り乱しながら、笑顔で走り込んでくる。上着のボタンを全開にして走り込んでくる。
「あっかねちゃーーーん!」
どうやら朱音に飛びつこうとしたらしい。手を広げて走り込んできた生徒を無表情で回し蹴りをすることで対応した朱音。撃沈して回し蹴りが直撃した横腹を押さえる少年。
「……ううう。朱音ちゃんの愛が、いだいいい。でもそういう所もいとうつくし……」
朱音は何もなかったかのように実羅に振り向いて、笑顔で話し始めた。
「えっと、沙籐君。ボク、先生呼んでくるね」
『え、え? これ、全部スルー?』
「何のこと?」
笑顔が怖い。実羅は、この笑顔に逆らうべからずと学んだ。
朱音が先生を呼びに離れた時、回し蹴りされた彼はスクッと立ち、杞玲の肩に腕を回し話しかけてきた。
「あんたが転校生? はい、コレ」
そう言って、A4サイズの折った数枚の紙を渡された。実羅は杞玲に協力者が居るということを言われたのを思い出し、紙を受け取る。
「俺が協力者の瀬戸秤。クラスは隣だけど、寮室は一緒だから、よろしく~!」
『おう、よろしく』
実羅が苦笑気味に笑ったら、ビックリしたような顔をして秤は言う。
「へえ、噂とは違うんだね」
『噂?』
「そ。俺の親父も同じ会社だから、たまに比べられるんだよねー。文句も言わず、散らばったワンマジを黙々と集めている冷静沈着のマシーンのような沙籐社長の息子、沙籐杞玲くんと」
『……』
実羅が何も言えずに秤を見ると、微笑して秤は実羅の肩をトントンと叩いて実羅から離れていった。こちらを見ず、手を振りながら去って行く姿は少しガッカリしているようだった。
「でもそうだね、それもまた、いとおかしってね。あ、それ、三日間ここで起きたことのまとめと、玖二ってヤツ? の居そうなヤツのリスト。まあ、役立ててよ」
(……アイツ、俺と杞玲を比べやがったな! ムカつく! それに追っている玖二の名は機密事項だ!)
と実羅は心の中でツッコミを入れる。秤に苦手意識が芽生えた時、職員室の奥の生徒指導室の扉が大きな音を立てて開いた。ビックリして実羅は振り返ると、そこから地の底から這い出したような声で叫びながら、黒いジャージを着た大人が出てくる。おそらく先生だろう。
「瀬戸おおおお!!! お前、また逃げたなああああ!」
先生に気付いた秤は、猛ダッシュで走り始める。それを追いかける先生。二人は走りながら言い合いを始めた。
「わあああ。先生。タンマ。俺、今日は体調悪いから勘弁して!」
「お前はいつ体調が良い日があるんだ! いつも体調不良じゃないか!」
「俺は、科学とか数学とか見ると体調不良になるんだよ! ほら、人間、得意不得意ってあるでしょ? 俺、科学とか数学に色気感じないから無理なんだって!」
「色気ってなんだ! 色気ってえええ」
「漢字とか平仮名や古文ってエロくない? 俺、文系って色気感じるんだよね。でも、理系の化学式や数字に俺、色気感じるほど変態じゃないから! 先生も、もう俺は理系が不得意だと割り切ってよ!」
「何をわけのわからないこと言っているんだ! それに不得意って言葉はな、ある程度チャレンジした人間が使える言葉だ! せめてテストで名前欄くらい埋めてから不得意を語れ!」
「国語はちゃんとテスト受けて満点でしょ! 良いじゃん! それで!」
「ふざけるなああ。毎回、補習もサボるわ、授業もサボるわ、理数系はテスト用紙白紙だわ、良いことなんて一個もないわああ。今日の放課後も補習だからな! 覚悟しろよおお」
「絶対やだああああ、な来そ、な来そ!」
ちょっとずつ、声が遠くなりながら、先生と秤は廊下から消えていった。階段を降りたみたいだ。実羅は、嵐のように去っていた秤に大きなため息を吐いた。
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