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【四章】オリジナルとコピーの会談
『こんなところに居たのか。馬鹿杞玲』
昼休み。
屋上から少し下に下った校舎の側面に杞玲は居た。校舎の側面にイス生成魔法でガッチリ固定してそのイスに優雅に杞玲は座っている。おそらく誰にも見られないようにするためであるのだろうが、些かやり過ぎではないのだろうか。実羅は探すのに苦労したという意味を込めて、杞玲を睨みつけ言った。
杞玲はどこ吹く風と聞き流し、鏡をポケットから出しクスッと笑った。
「まさか実羅があんなに女子に弱いなんて思わなかったな」
『ふざけんな! 誰が弱えだって?』
実羅は屋上のフェンスをひょいと乗り越えて、屋上の縁に立つ。ちょうど杞玲を見下ろす形になった状態で言う。
『その鏡、返しやがれ! 契約はもう終わりだ!』
「そんなこと言って良いの? お仕置きしちゃうよ?」
杞玲は鏡を持つ腕をスッと横に伸ばした。そのまま鏡を離してしまえば、鏡は下に落ちて割れてしまうだろう。
『テメー、ひ、ひきょうだぞ!』
「あっそう」
そう言って、杞玲は一瞬、鏡から指を離す。
『ぎゃあああああ! テメー』
手から鏡が離れた瞬間、実羅は絶叫を上げた。焦った実羅は、屋上のフェンスに片手で自分を支え、もう片方の手を伸ばす格好のまま放心していた。予め鏡が落ちるだろう場所にイス生成魔法でイスを作成していた杞玲は、イスの座面に落ちた鏡を手に取って、クスッと笑って話し始めた。
「鏡、俺が落とすわけないじゃん」
『ふっざっけっるな!』
「実羅」
名前を呼ばれただけだが、強制力のある厳格な声に「逆らうな」と言われた気がして歯噛みする。怒りをフェンスにぶちまけて、屋上の縁にあぐらをかいて座った。
『はいはい。ったく、なんで俺がこんな目に……。ほらよ。これが、秤ってヤツが渡してくれた資料。どうせ、その鏡で俺と秤のやりとりを聞いていたんだろ?』
そう言って、実羅は杞玲に折りたたまれた紙を渡す。次いで、買ってきた購買のパンが入っているビニール袋を渡した。
「実羅は読んだ?」
『読んでねーよ。俺の目には鏡文字で写って読みづらいし』
「ふむ。この三日間でこの魔法について学園で起こったことと、この三日間で変わった者のリストみたいだね」
杞玲はパンを食べながら書類を読み始めた。
心地よい風が二人の間に流れる。実羅はそういえば前もこんなことがあった、とその記憶を思い出そうとした。しかし、どんなに思い出そうとしても黒い靄がかかって思い出せない。
鏡とコピーした人の間を意識が行き来できるが、全て『実羅』という一つの意識だ。その『実羅』の過去が全く思い出せなかった。
実羅の記憶は手鏡として杞玲と居るところからしかない。
(?? あれ? 俺は何でここに居るんだっけ?)
実羅はそう思うと記憶の黒い靄をゆっくりと払っていく。すると一瞬だけ、実羅の記憶に映像が流れてきた。その映像は、血塗れで倒れている子供の姿が映っていて、冷や汗が流れる。この子供を実羅は知っていると思った。すると、今までボヤけていた子供の顔が鮮明になる。
その子供は、杞玲の顔をしていた。
「実羅、どうした?」
杞玲が訝しんでこちらを見ていた。酷く怯えた顔をしていた実羅は、片手で顔を隠すといつものように『何でもない』と杞玲に言う。杞玲はしばらくこちらを見ていたが、ため息を吐いて、目を手元の書類に戻した。
実羅はあの映像の続きを見ようとしたが、それは出来なかった。
この映像を実羅は白昼夢だと思う事にした。
※
昼休み終了10分前。
書類をやっと読み終わったのか、杞玲が動き出した。その音に現実に引き戻された実羅は、イス生成魔法を利用して屋上の縁まで登ってきた杞玲の方に顔を向ける。杞玲は書類を実羅に返しながら書類の説明を始めた。
「どうやら、ここの生徒の皆がー魔法が使えるようになったーと認識したのは、二日前の朝。一年B組の教室でいじめられていた子ーAーが復讐のために、いじめていた親玉ーBーを魔法で殺そうとしたことで明るみになった。Aが水恐怖症で、誰かが魔法で水をぶっかけたため、Aが意識を失い事なき終えたみたいだが、一歩間違えば殺人事件になっていた。
それから生徒会が主体になり、魔法を他人に使用することを禁止したそうだ。
そして、ここが一番肝心なんだが、意識を手放したAは魔法が喪失し、魔法で殺されそうになって重度な火傷を負っていても意識があったBは、魔法の喪失はなかったそうだ。
因みにBは現在、学園を離れて病院で治療中」
『へえ。それが生徒会長が言っていた、“致命的なダメージ“の詳細か。てことは、外傷よりも精神的なことが魔法に響くってことだな』
杞玲は頷くと紙を捲った。
「そしてもう一枚は、この三日間で雰囲気や外見、性格など何かしら変わったと判断された者のリストだ。この中にヤツが居る可能性が大きい。俺はもう少し、この魔法についてと、この三日間でのことを調査する。実羅は、リストの人物を当たってくれ」
杞玲はそう言うと、崖がある校舎裏の方に歩き始めた。
『おい。リスト渡されても読みづらいんだって!』
「読みづらいだけで、読めるだろう」
『アイツ、やっぱりムカつくわ』
杞玲は屋上からイス生成魔法を使って、校舎裏の方に降りていった。ちょうどお昼の休憩が終わるチャイムの音が鳴る。
実羅は慌てて、屋上から自分の教室に戻っていった。
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